人付き合いが疲れる人


・相手が嫌いとか、人嫌いとかではない。自分でもうまくやれてるとは思うが、一人に戻れた時にどっと疲れを感じるなど。普通に嫌いなこともあるけど。

半分以上は人付き合いが面倒

・「人付き合いを面倒に思っている」人の割合が、58.1%だそうな。(ニュースサイトしらべぇによる10~60代の男女1789名からのアンケート。)

女性の方がそう感じていることがやや多く、20代と40代でそれが目立つ。なぜか30代は男の方が多い。仕事がらみだろうか。

・この上で、人に向かって「人付き合いが面倒」なんてなかなか言えないわけだ。大体は言われた相手は「オマエ、めんどい」と言われたような心境となるだろうしな。

そうじゃなくても、ステレオタイプとして「人付き合いはよろしいこと」というイメージがあるせいで、これをカミングアウトすることは「自分は普通じゃない」と告白するのと同じとなる。我慢することを選ぶなら、疲れはするだろう。

そんなこんなで、この悩みは隠されやすい。だが案外、共感されやすいトピックでもある。言い方とか場面とかは考える必要あるけど。

・さてこの上で、過度に疲れる理由には、何が考えられるか。

相手に気を使うから


・サービス精神旺盛な傾向がある。基本、相手に合わせる。沈黙が怖くて話題を常にストックしている。

・認知の歪みの一つに「心の読みすぎ」がある。実際には読めるわけなんてなく、想像/推論しているわけだが。これが思い込みならよろしくない。

相手に気を使いすぎる人も、相手が何を考えているかを必死に推論しようとしている。そういった心のモジュールが過剰に働き、それに対応しようとするから疲れる。

これらは時に、自分自身は尊重しない、相手に合わせすぎた態度ともなる。反対に自分を尊重するのなら、相手との衝突の余地もある。つまり人付き合いは普通にめんどくさい。正直な所、人付き合い楽しいって奴らのいくらかは、周りが我慢してくれてるだけなのがあるな。

空気を読むのが苦痛なリアリスト

・現実主義。非生産的な「馴れ合い」がとにかく苦痛。いつも同じ話題でいつも同じ終わり方をするとか本当は耐えられない。この上で空気は読めるし、合わせられる。平気ではない。疲れる。

相手が「ゲーム」を仕掛けてくる またはそれへの警戒

・交流分析という人間関係の心理学には「ゲーム」という概念がある。「必ず決まった形で終わる、お決まりのやり取り」。殆どが不快感を相手に残す。当然非生産的で、ただの馴れ合いだ。これは交流(ストローク)への飢えから初められる。

これは人間関係の病に近い。例えば「Yes But(はい、でも)」のゲーム。相手に相談し、相手からのアドバイスには「はい、でも…」と返すことを続ける。これで相手は無力感を抱えて終わる。

Yes But を仕掛ける側の目的が「相手に無力感を味合わせる」「相手の時間を奪う」ことだともされている。私が見た限りは、ただ単に自分が他人にかまってもらえる唯一の方法くらいに思ってそうだが。性格の悪い独居老人がクソクレーマーになるみたいな。

ちなみに俗に言う自分が上だという示すのが目的のマウント行為は「さぁつかまえたぞ!」という名前のゲームに該当する。つまりゲーム初めたがる奴らはそこら中にいる。

・このような「やり取りのクセ」がある人間との付き合いはそりゃ疲れるし、過去のそのような経験から人付き合いに対して過剰に警戒している「警戒疲れ」の可能性もある。

内向型は人付き合いに疲れやすい

・内向型は「その他大勢」との付き合いで疲れる。ソーシャルで疲労し、プライベートで回復/.充電する

反対に、相当に心を許した相手とならくつろげる。元から人付き合いの好みが「深く狭く」であり、広く浅い人付き合いは疲れる。

・そもそも、ビッグファイブでは内向外向は一つのラインでどのあたりに位置するかで表される。例えば9:1でかなり強い内向だとか、4:6で微妙に外向型だとか、そのような感じ。このため大体の人間は内向型の気持ちも外向型の気持ちも理解できる。

・これは当人が人好きだろうが旅行好きだろうが関係なくそう。自覚する内向外向と、実際の所は違うことが在る。私が6:4の微妙な内向だからな。自分じゃガチだと思ってたのに。単にアッパー系コミュ障が嫌いなだけだったようだ。

ソーシャルな場での振る舞いに緊張する

・もうこれ人間関係に限らないが。

人には「どう見られているか」を意識する機能がある。平たく言うと、心の中に「他人の目」がある。これも一種の本能で、これによりそこそこ妥当な振る舞いが人前ではできるわけだ。

別に称賛獲得欲求とか持ってないんだったら、この時に意識するのは「無難な振る舞い」となる。それができてるかどうかの自己監視モジュール。意図的に「見られている意識」を強めている状態とも言えるので、当然疲れる。
一方で、「過剰な自己監視」が精神を病む原因とする説もある。ヴィクトール・フランクルなど。

例えば「書痙」。きれいに字を書こうとすると手が震えて書けない。これが、「今までにない下手な字を書こう(逆説志向と呼ぶ)」とか思ったら治ったという例もある。

秘密がある

・まぁ秘密のない人間なんていない。秘密がないと言っている人間は最も信用できない。仮に本当に秘密がないのだとしたら、他人の「秘密を守りたい気持ち」がわからないのだから相当ヤベー奴となる。

やましくなくても「知られたくないこと」はあるわけだ。プライバシーやプライベートの定義の一つには、「自分の情報をコントロールしていること」がある。プライバシーの場合はこれに加えて「口出しされないこと」を含めることもある。知られるだけで何れも脅かされる余地はある。

・些細な私的事実でも、通常は知られたくないと思う面がある。名前覚えられることすら「不快」ってこともあるからな。

ソーシャル的に無難に振る舞い、かつ秘密を守らなくてはならない状態。まぁ疲れる。

メモ

・つまり人付き合いはめんどくて疲れる。それが半数以上の感想だし、その理由も十分にある。
むしろ平気なやつがおかしいようにも思えてくるし、もしかしたらその「平気なやつ」が疲れる原因かも知れない。

というか、平気なやつが平気な理由がどう考えても「性格が雑だから」でしかないだろうあれ。外向型は実際刺激に対してニブイと証明されてるしな。

・まぁ、この上で「楽しいかどうか」ってのが別枠にある。

今回の内向型がいい例だが、「好きだけど疲れる」とかはある。後は「楽しみな予定なのにストレス」とかそういう心理もある。

好きだけどめんどくさいというのもある。積みゲー積本も楽しみすぎて手がつけられないなんて意見もある。元から「真剣なレジャー」は気力体力を使うものだ。

楽しさが勝るならそれでいいだろう。ただし疲れている時にはそういうのも無理かも知れない。

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