性格/人格

考えない人

投稿日:2019年4月9日 更新日:

考えない人の特徴

 

何度同じ説明をしてもらっても理解できない

その場では「わかった」というが、実際にはできない。或いは翌日また同じことを聞く。

思い込みと勘違いでとんでもないことをする

・一度「わかった」と思ったら止まらない。

・基本的に人間は「わかった」と思ったらそれ以上は考えない。

限度がわからない

2種類ある。「どこまで考えるか」「何を気にするべきか」というフレームの問題と、「やればやるほどいいはずだ」という加減する気ゼロと。

言われたことしかしない

ある意味従順である。最小限しか動くつもりがない場合と、「言われたことしかやってはいけない」と思っている場合がある。

自分からは何もしようとしない

三種類ある。余計なことやって怒られたくない。何やったら良いかわからない。失敗して恥を掻きたくない。

反応がワンパターン

・反応自体は素早いが、反射的、衝動的。

楽観的

・悪いポジティブシンキング。

・「大丈夫だと思った」「いけると思った」「なんとかなると思った」。

当事者なのだがどこか第三者的な立ち位置を確保しようとする

責任を取りたくない。責任感が元からない。「自分がやらなきゃいけないこと」という自覚がないか、できれば他人に押し付けたい。

何かを極端に盲信する/何かを頭から否定する

・考えがない場合、その「空白」には一見理屈っぽいものが入りやすい。疑似科学などの「それっぽい理屈」で理論武装している分野に弱い。

・何かを頭から否定するのも「これは違う」と「盲信」している状態に変わりはない。

「頑固であること」は、考えてないだけの可能性もある。自分では「意志が強い」と思っているかも知れないが。

額面通りに受け止める

或いは「言葉通りに受け止める」。要するにこれは「文脈」という概念がないことを示す。尤も、緊張が原因でこうなることもある。一概に性格や能力の話でもない。

ただしこのせいで、相手の言葉尻を捕らえる、揚げ足取りにしか見えないなど、かなり攻撃的/挑発的な印象を与えやすい。

考えない人の心理

「考えるつもりがない」

・口癖が「わからない」「知らない」「覚えてない」。

何も考えてないで行動する人。行動力、自信、やる気「だけ」あるタイプ。

・特定の分野や考えることそのものに苦手意識を持っている場合もある。

人は苦手なことを考えなければならないと思うと脳に「」が走るらしい。数学嫌いが数学の問題に取り組まなくてはならない時、そのような反応を見せるという実験結果がある。

考えることそれ自体に「」を感じる人間がいたとしたら、全てに対して考えずに「わからない」は、あるだろう。

・救いとしては、この様に痛みを感じる人でも「実際に数学の問題を説いている時は、ほとんど痛みは発生しなかった」ということ。

「想像するだけで嫌だ」ではなくて、「想像が苦痛をもたらしている」のが現実だということ。

裏を返せば「苦手意識」そのものが苦痛の最大の原因であること。

「手抜き」

仕事の手抜きじゃなくて思考の手抜き。多分本人は手を抜いているつもりはないが。

先のことを考えない・考えが浅い

・「どこまで考えるか」という点で不足。

疑問を持たない

・考える必要性の不足。

具体的に考えられない

・具体性の不足。厄介なことに、これでもなんとなくわかった気はしてしまう。実行に於いて困ることになる。

自分で調べない

・「聞いたほうが早い」というのが常套句。

・「話のネタ」として疑問をストックしている場合もある。

メモを取らない

・一度聞けば分かると思っている。

・或いは聞いた時の「わかった」という感覚は錯覚だったり一時的なものだったりすることを知らない。

・またこれは、教える/答える側の手間を軽視した態度。

早合点

・説明開始数秒で結論を妄想すると、後の相手の発言はただの「消化試合」になる。

適当にコクコク頷いて、相手が話し終わったら「わかりました!」と言って飛び出し、わかってないことをやらかす。

・「わかった」と思ったら誰でもそれ以上はあまり考えないだろう。この「わかった」と思うハードルが異様に低い。

行動の質じゃなくて量でカバーしようとするタイプに多い。要はせっかち。

・後述する失敗恐怖に繋がるが、先延ばしグセ、完璧主義の一部は「じっくり/しっかり考える」ことをやらない傾向がある。

これはいくらIQが高かろうが、考える時間があろうが、軽率な結論しか出なくなる。逆を言えば「早くしないと」と思えば誰だってこの傾向は強まる。

「考えてはいけない」

・自分で考えない人の中には「指示待ち症候群」と呼ばれる自分で考えて行動ができない人もいる。言われたことしかやらない、或いは応用力がないと評価される人の中にも。

・単純に「考える」というのは一種の自主性だ。

「余計なことはするな」「言われたとおりにやれ」「失敗するな」というのはこれまた単純に「教えた芸をアウトプットしろ」というだけで、元から思考の余地はない。

何を考えろっていうんだろうな?

・環境的に「自分で考えるべきだ」と思えないような要素、または「勝手なことをやってはいけない」と思うような要素はないだろうか。

正直「考えろ」って言葉は、思い通りにならない奴に言う意味のない言葉でもある。「気が利かない」とかもそうだね。気にしなくていいかも知れない。

 

言われたことだけやるのは何が悪いか

・一部は「言われたとおりにしたのに何が悪いのか」と不思議に思う人もいる。逆を言えば言われたとおりのことだけをやるのが「正しい」という認識を持っている人はいる。

まぁこれは実際「余計なことするな」と言っておきながら「自分から動け」と怒るような奴もいるため、誰が悪いんだか断言できないことが多い。その上で自分が何言ったか忘れてたりね。

言葉だと「加減」がほぼ伝わらないのも原因の一つだろう。

・何が悪いかって話だが、単純に他人が其の者をいちいち「操作」しないといけないからだ。操縦者は自分の仕事が犠牲になる。仕事だったら雇った意味がほとんどない。

・あと盲点になっているようだが、「短期的な」言われたことしかほぼやっていない事が多い。

「今日は/今から」+「これをやれ」には対応できるが、昨日教えたことは今日は無関係であるかのような反応を見せることは多い。

これは自分の「役割」を持たない、身軽な「お手伝い」の立ち位置といえる。役割が与えられているのなら、その役割に対しては「無責任な態度」になる。

まぁわかりやすく「自分からやるべきこと」としていくつか仕事教えればいいじゃないかと思うが。それはあまりやらないね、特に口伝で教えるような所は。

「考えられない」

・自分で判断できない、考えてもわからない。或いは自分でそう思っているから初めから考えない。

・単純に材料不足の場合もある。ボーッとしてたら考えを言うように言われ、そこから考えればまぁ的外れなことが出てくるか、何も考えられないかだろうし。

自分がない

・これは思考の指針というか、基準点そのものがないことを示す。これらは悪い言い方をすればエゴであり、欲でもある。

例えば出世欲があるなら活躍しよう、目立とうとするだろう。自然とそのための手段は考える。

或いはサボりたいなら楽をしよう、目立たないようにしようとするだろう。自然とそのための手段は考える。

活躍したいけど楽したい奴は知らん。誇大型のアレだろう。

・「考える」という言葉は能動的/意識的な印象をもたせるが、実際には勝手に頭に浮かぶ物がスタート地点であることは多い。

頭になにか浮かぶには状況の把握の他に「それに対して自分はどうあるか」のスタンス、一種のエゴが必要になる。

・何か突発的な、難易度の高い仕事が舞い込んだとしよう。活躍したきゃ飛びつく。サボりたきゃ逃げる。スタンスが何もなければ、棒立ちだ。

「責任を持ちたくない」

・厳密に言えば考えないのではない。「保護者」が欲しい。

・失敗したら人のせいにするとか、人の「手伝い」じゃないと動けないだとか。自分のことほったらかしてまで人の手伝いしようとするのも居る。

「失敗したくない」

・これも厳密に言えば考えないのではない。

・特に人に聞かないと不安だという気持ちと、そこから来る思いついた事を片っ端から聞いてくるという行動になりやすい。

この上でもやっぱり動けなかったりもする。

考えないと何が困るのか

・事体に対して受身になるしかない。騙されやすい、過剰反応(狂信者)、フェイクニュースの拡散に参加することになる。

・或いはこれらを恐れて意固地になり、話が通じない。

・総じて狂信者か、アンチかになりやすい。

考えない人はなぜ嫌われるのか

・学ばないのなら相手にするだけ無駄だ。いちいち頼ってくるのはもう「介護」に近い。

・現実には考えすぎて精神病み気味な人間のほうが多いから、その分正反対すぎて考えない言動は目立つ。失敗したくなくて動けないだとかはこちらに入る。

・時には考え過ぎないことも必要だったりするが、一部は周囲との軋轢が生じているため、やはり考えなさすぎというのはあるだろう。

考えない人の改善

その前に。

」と言う人

・まず言っておくが、その「」とやらに過度な要求している場合、問題なくても上記諸々に当てはまるように見えてくる。要するに文句言ってる側がおかしい可能性もある。

こちらはこちらでかなり多い。「お気持ちヤクザ」とか「繊細チンピラ」とか「モンスタークレーマー」とかそういうの。

・誇大型を含む過敏型自己愛。或いは「」と呼ばれるもの。大体こちらのほうが鼻に付く。

特に指摘が「自分に気を使っていない」ことに帰属するなら可能性は上がる。

・一部は「考える人」を嫌う。従順で、自分のミスや薄っぺらさに気づかないでくれるニブさを持っている相手を喜ぶ。

そのくせに「お前は考えてない」「お前は考えが浅い」と平気で言う人間は、まぁそこら中に居る。

・まぁ程度の問題だが。相手が明らかに考えなし過ぎて迷惑だったらダメ人間でも口は出すさ。

考えさせるには

・考えさせるためには、喋らせろ。考えさせろ。責任をもたせろ。自分で決めさせろ。

或いは喋れ。考えろ。責任を持て。自分で決めろ。そのために自分を知れ。

と、言うのが理想だが。考えるために考えろというのは、機会がないだけで考えること自体は元からできることが多いため。

・だが果たして社会人にそんな養育的な環境を与える余裕が今の御時世あるのだろうか。

・「考えろ」と言う割には、求めているのは大抵結論や意見などの「答え」なわけで、ちょっとズレてるね。

シミュレート

・「考える」という言葉が示す思考活動には種類ある。計算だったり、分類だったり。推測や予測だったり。

・例えば火薬庫で火遊びしてて「どうなるかくらい考えろ」と怒られたとしたら、これはシミュレートを求めらているということだ。つまり「予測」。

この時楽観的だった場合は「予測」はおめでたいことになり、考えない人になる。

こういった性格的特性が原因の場合、考えても無駄だったりする。当人にとっては現実的なのは「何も起こらない」ことである場合は、考えの問題よりも認知の問題になってくる。

・ともかく、「少しは考えろ」と言われる場合、この「予測」が不足しているか、方向がずれていることが多い。

過学習に注意

・「頭が固い」系の考えない人はこれ。

・機械学習では「過学習」がある。オーバートレーニングとか過剰適合とも言う。

人工知能に同じ問題ばかりやらせすぎてその問題に適応しすぎて、他の問題に応用が効かなくなる現象。

少しでも学習内容と違うと誤った答えをだすようになる。つまり未知の問題に大して融通がきかなくなる。適応能力の低下。

・人間でもたまにいる。同じ模擬試験やり過ぎて少し言い方や表現が違うだけで全くわからなくなる奴とか。

・これを防ぐための方法を人間で言うと、

1:「学習データ」のバリエーションを増やす

2:学習した内容のいくらかを無効にする

3:無駄を省く

などがある。どれも「柔軟性」を持たせるためなのがわかる。ぶっちゃけて言えば専門バカであるべきAIですら柔軟性がないといけない。人間なら尚更だろう。

・反対に辞書が正義、Wikipediaが正義、それ以外は間違いってのも問題としては似たようなものだ。この場合は学習量が少なすぎて相対的にその知識のプライオリティが高い。状態としては過学習に似ている。

まぁそれで「わかった」って思ってるんだからこちらのほうが駄目だが。

「わかってない」と言われた

・或いは相手の話をちゃんと聞けない、聞いたつもりでわかったと思ったのに理解できなかった場合。

・「文脈」を気にしたほうがいいだろう。「コンテクスト」とも言う。脈絡、前後関係。或いは状況、環境という意味もある。割とあちこちで使われるが、今回は特に言葉のつながり、言葉同士の関連性、言葉の前後、全体像、背景。

・例えばこのページで「」と言っても色々あることも、言ってる側が問題ある可能性も説明してきたから分かるだろう。これはこのページの文脈だと思えばいい。他所で「」と言ったら大体「トラブルメーカーのアホ」でイメージ固まるだろう。

・大体このパターンは単語単位で聞いているか、相手の話の中から「要点」だけを狙い撃ちでピックアップするつもりで聞いている。

これをやると色々すっぽ抜ける。「やること」だけを聞いて飛び出す、というのも文脈は初めから読む気はない。

結果的に相手の話を「辞書に載ってる意味」としてしか理解できないか、思い込み、決めつけが激しいことになる。言葉、文字、単語だけに対しての過剰反応。

・SNSによく見る「言葉狩り」も大体これだ。ツイッターはシステム上、前後を切り取られやすい上に拡散しやすいから尚更。

「●●」という言葉は悪い→じゃあ「●●」という言葉を使う奴は全員悪い、という「」がすごい数居る。悪目立ちしているだけだと思いたいが。

・皮肉なことに、「しっかり聞こう」と力むと「言葉だけ」に注意が向くことになる。結果文脈はわからなくなる。顔を近づけすぎて全体が見れなくなってるようなもの。

自分で考えてみる

・ベタだが、必要だ。

・忠告しておくが、「自分の頭で考える」のは「頭がいい」とは別の話だ。

なんか「頭いいこと思いつかなきゃならない/言わなきゃならない」と勝手にハードル上げてるのが居る。

それ自体は別にいいんだが、その結論が「できそうもないからやめとこう」じゃ意味がないだろう。

・要点は「自分の頭で考えたかどうか」だけだ。別にそこら中に転がっているありふれた一般論が結論だとしても全く構わない。

それに対してなんとなく知っている奴とは違い、理解は深まるだろう。

・トレーニングだと思えばいい。ジョギングはスタート地点から折り返し地点に行き、またスタート地点まで走って戻るわけだが、無駄ではないだろう。

これが思考だとケチになるというか、なんか成果物求める傾向は高いね。

 







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