性格/人格

自分の意見が思いつかない人

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自分の意見が思いつかない状態

・大体他人にそう指摘される。自分の意見を求められても何も思いつかない人。

・今回は「意見があるけど言えない」というのは除外する。自分の意見それ自体は思いついているのだから。

除外したつもりだった。気づいたら書いてた。ともかく意見を思いつくことメイン。

・雑談ですら自分の意見が思いつかない、という人もいるようだ。

・自分が何が好きなのか、何が嫌いなのかわからないという人も。

自分の意見が思いつかない原因

・普段ぼーっとしてる時に「今意見ないな」とは普通思わない。

状況としてまず「意見を出そうとしているから」というのがある。だから意見がないことに気づく。

つまりは「意見を求められる」ことがトリガーになる。

別にここまでは問題ないね。その後考えりゃいい。すぐ言えないから「お前は自分の意見はない」って指摘されるなら相手の頭がおかしいか、性格が悪い。

ともかく「必要な時に意見が出てこない」ということ。「考えが浮かばない」「考えられない」などとも言う。

付和雷同

・「周りに合わせるつもりだから、自分の意見が出てこない」。

人間は何をやるつもりであるかで2つのモードに分けることができる。「あることモード」と「することモード」。

大抵「周りに合わせるつもり」の「することモード」になっている。これだと意識的に思考するのは難しくなる。自分の意見を考えることもすることモードと言えるだろうが、2つのことは一度にできない。

・簡単に言えば意識のアンテナが他者に向けられている。自分の意見を持つなら、自分の中に向けなくてはならない。強迫的に他者に合わせなくてはならないと思っているのなら、ほぼ強制的に外部に意識が引っ張られる。

・幼い頃から意見を否定され、押し付けられて育った、という話も多い。これも自分の意見より「周りに合わせること」を優先するよう仕込まれたと言える。このように共感能力や「空気を読む」というのはマイナスの面がある。同調圧力もそこら中にあるからね。

・雑談でも意見がない、ってのを例にあげようか。相手が「ゲスト」で、自分は「ホスト」ような立ち位置に自然となるなら、この可能性は高い。

「自分は」と言えない

・控えめな人である傾向が高いが、その分「自分は」という言葉が使えない。やたら言いすぎても逆方向に問題があるんだが(自己愛傾向)。

また、目立ちたくないのか「一般論」を装う発言が多い人。必要な時に「自分はこう思う」と言えないのなら、発言の全ては「世間の一般論として通用しなくてはならない」ことになる。ハードル高い。

「自分はこう考える」という言い方の方が気楽になれる場面もあることは知っておいたほうが良いかも知れない。

「あくまでも個人の意見です」とするのも手だろうさ。

・ちと重症。

感情労働は対人サービス業などで問題視される「感情の酷使(我慢や緊張を含める)」とそれによる様々な問題。今ではこの範囲は拡大されており、サラリーマンから主婦まで、まぁ誰でも当てはまるだろう。

・これは表層演技と深層演技の2種類がある。

この内「心からの演技」である深層演技は心身を病むリスクが高まる。本心からそう思う様に自らに強いるからだ。これはルーキーの方が多いらしい。
ベテランであるほど表層演技(悪い言い方をすれば形だけの対応)に長けている。

・深層演技の場合、演技している自覚すらないことがある。前述の「周囲に合わせる」という感情労働を強いられているか、或いは自主的にそう強いている場合には、「周りに合わせることが自分の意見」という状態になってしまう。

ハードルが高い

・意見を言おうとすると「何か頭のいいことを言わないと」みたいな気負いが生まれる人がいるようだ。これもハードル上がるし、積極的に斜め上に行くし、批判的になるしでデメリットが多い。

周りを唸らせるような素晴らしい意見を、とか思ってると何も出てこない。

・自惚れや目立ちたがりとは限らず、「恥を掻きたくない」という気持ちが強すぎて過度にハードルを上げていることが多い。

・まぁそうである分、人のミスにも攻撃的な面があることは否めない。声高に「自分だったらこうはならない」と主張したりね。一種の完璧主義。社会規定型。

潜在的特権意識とそれによる傷つきと学習性無力感

・なげーな。

・過敏型の自己愛、要は自分はもっと尊重されるべきだと思いつつも周りの目が怖いみたいな心理がある。シンプルにしてしまえば「恥の感情が強い」。

・この中で「潜在的特権意識とそれによる傷つき」という尺度がある。

自分は注目を集めるに足るはずなのにそうじゃないと不満を感じる、傷つく、自分の扱いが丁寧じゃない、と他人に対して不満を持ちやすい。

・根本的に「自分はすごい」と思いこんでいるのが原因なのだが、まぁこの状態で意見を言っても、期待した称賛なんてあるわけがない。

・何度も称賛してもらえなければ「学習」する。自分は相手にされない。意見を言っても無駄だ。そのうち意見も湧かなくなるだろう。無力であるとの学習。

・過敏型の自己愛に限らず、全体的に「人の目/リアクションを気にしている」ことが原因であることが多いように見える。

自分の意見が思いつかない対策

・まぁ頭の使い方って結構好みがあるんだよね。情報処理の仕方と言ってもいいが。

「仮説」を立てる

・自分の「」或いは「考え」とするから緊張する。萎縮する。仮説とするならこれは避けられる。

・仮説であるから複数あることが望ましい。時に自分で考えたものにイケア効果(努力に比例して自分の成果物が実際の価値以上に見えるバイアス)のような過大評価を持ってしまうこともあるが、複数なら一つに固執はしない。

模範解答

・まぁなんか言っとけって時には。

意見を求められたなどの受身の場合はこれでいいだろう。無駄にオリジナリティ発揮しても大体滑るからな。「エゴ」、つまりうるさいわがままと「」とを混同しないよう。

我を張るのが自分の意見があることだ、という勘違いをする者は多いが、真似しちゃいけません。別に模範解答のような答えが自分の意見なのなら、それは全く構わないだろう。

・言い忘れたが、「自分の意見を言ってるのに意見がないと言われる」のは大体模範解答言ったからで、まぁ相手側の過度な期待であることが多い。そいつはそいつで聞いて回るくせに自分の意見はなかったりな。

・また、「特に関心ないから/思い浮かばないから模範解答を提示。これが自分の意見」という意見はアリだろうさ。冷たく見られることもあるかも知れんが。

時間を確保する

経験ないだろうか。後から「あれはああいうことだった」とわかったり、「ああすればよかった」と後悔したり。

すぐに意見が出てこない、ということは往々にしてあるものだし、すぐに出てきたところで正しいかどうかはちと怪しい。

うかつに答えるわけには行かないのなら、時間を確保するべきだ。まぁその確保した時間で考え無くてはならないが。

また、それを許さずに重要なことを決めさせようというのは詐欺や洗脳に近い。日常的にこれをやって物事や他人の意見を思い通りにしようとする者もそこそこ居るので注意。

空気を読みすぎると、「テンポ」ばかり気にしてその場で軽く約束してしまったり、同調してしまったりしがちなため、これも注意。

雑談について

・これが一番難しかったりする。どうでもいいやつ相手ならまだしも、仲良くなりたい相手なら尚更だろう。意見がないということは「自分が出せない」ということだ。相手はこれを「壁」と感じるだろうし。

慰めや励ましは他所に任せるとして、方針くらいは思いつきたいものだが。

・会話に於いて「聞き役」であれ、というのは一理あるんだが、そもそもの防衛的心理として信頼がなくてはならない。

人の抱えてる欲求は「話したい」ではなくて「話を聞いてもらいたい」であり、要するに一種の「承認」をしてもらいたいということだ。他者承認欲求。

このため相手は流石に選ぶ。少なくとも「どんな人か」という情報は欲しいわけだ。全く面識のない人のほうが自分のことを話しやすいってのもこれだ。後腐れないから気にしなくていい。

面識があって自己開示を全くしないなら、警戒対象になりやすい。「何考えてるかわからない」と。

・尚更に自分の意見を言わないと、として変なことを言ったり緊張してしまったりで悪循環なこともある。意識のアンテナを自分の頭に合わせること。

直感をまず知る

・「」や「考え」という言葉に騙されて一から論理的思考をすると、模範解答になるか冷酷な合理主義になるかになりやすい。またこれは「計算」に近く、「」と呼ぶにはちと違うかもしれない。

・逆に「」というのは、悪い言い方をすれば偏見や固執のような「癖」が出る。

「独自の視点」ってのも考えてやってるわけじゃなくて、大体は素だ。最初からその視点。つまり何らかのベースがある。既存の知識、経験、価値観、その時の気分も含めていいだろう。

・「付和雷同」はこれを押さえつけるため、自分の意見は出辛い。「自分の気持すらわからない」ことの大半は、意識のアンテナが「外部」に向いているからだ。

・脳の一部は思考とは別に一種の結論を出す。直感、閃き、或いは感情。既存の知識・経験との共通点を見つけるかも知れない。ここからスタートした思考、発言は「」に見られやすい。

・要は「それを見てまずどう思ったか」。それはなぜか。

掘り下げる

・なぜ好きなのか、嫌いなのか、良いと思うのか、悪いと思うのか。掘り下げてみると面白い。

・大抵頭に閃くものというのは思考のスタートではなく、既に一種の結論であることが多い。

価値観、経験、美的感覚、自分の中の「何か」と反応した結果。

自分の中に何か浮かぶことは、結果だけ知った状態だ。何と反応して「それ」ができたのかは認知できない時もある。

・それを理解することは、自分が何にこだわり、何を嫌い、何を求め、何と戦うのかを発見することにも繋がる。意見を持つ「指針」となるだろう。

・まぁ、わかった上で「やべぇだろ自分」とかもあるかも知れないが。それはそれで修正するいい機会だろう。別に無意識は運命ではないのだから。







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