性格/人格

「予定」がストレスになる人

投稿日:

・あるいは約束に対してプレッシャーを感じる人。

・予定が決まると、その期日が近づくに連れプレッシャーになってくるタイプの人もいる。

・一見すると予定の内容にもよるだろう、と思うがどうも楽しい予定だろうがなんだろうがストレスらしい。

」がストレスになっている人

友達と遊ぶのがストレスです。というか遊ぶ予定がストレスです。なんか仕事の予定入ってるみたいで…。

どうしたら普通の人みたく楽しみにできますか?

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13169624268

即効でネタバラシするが、この感想大正解なんだよな。後述。

計画を立てるほうが楽しいから相対的なものではないか、という指摘に対しては、計画中もストレスと答えている。「この日拘束される」と。この上で行けば楽しいと。

私は予定が苦手です。

友達と会う約束なんかをしていても予定の何日か前からずっと憂鬱になります。
でもこちらからは断る勇気がないので、相手からドタキャンされると
凄く嬉しくなります。

開放された気分になります。

https://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0602/186875.htm

予定に対して圧迫感を感じていること、それがなくなれば開放感を感じることはほぼ共通している。

 

・一応フォローしておくと、こういった数々の声はほとんどが予定の内容自体はポジティブなものであると認識はしている。約束した時点では楽しみにしている、との声も多い。

言い方を変えれば、物事を「」として捉えた途端に、プレッシャーだったりストレスになったりしている。

加えて、予定実行まで「常に」その予定を気にかけている傾向が強い。時間に遅れないか、準備は万端か、ミスの余地はないか、予定を忘れずにいられるのか、etc。

これが予定が決まった時点で気が重くなり始める大きな原因だろう。

・時間厳守に苦手意識を感じている人が多い。ただし苦手と言っても出来るできないとは関係ない。時間はきっちり守るけど嫌いだ疲れる、という人も多い。

・隠れた願望として、「自由でいたい」「気楽でいたい」というのはあるように見える。
相対的に「約束」は「拘束」と感じているとも言える。だから多分、責任感は強いだろう。

完璧主義

・完璧主義の傾向。一言でいうとキャパオーバー。プランが細かすぎて頭がパンク。

プランに対して完璧にしようとするなら、常に意識して万全でいなければならない。実際ストレスに感じている割には、真っ先に集合場所に集まるという話も多い。

この場合「完璧に実行する」ことへのプレッシャー/ストレスであり、予定に対しての嫌悪感などではない。逆を言えば何に対してもストレス感じてそうだけど。

例えば、両親が私たちの家に遊びにくるという予定があるとします。

そういうとき、みなさんってどこまで予定を考えますか?

私の場合、

「何時に駅まで迎えに行って、そのあとドコドコでご飯を食べて買い物をしてだいたい16時くらいに帰ってくることになると思うからなんかちょっとしたお菓子が必要になるな、じゃあご飯からの帰りに買うとなるとその道中にあるお菓子屋さんってあそこであれこれファーーーー!!!」

https://kaishayameruzo.com/archives/4479

おもろい。

おかげで非常に伝えやすいが、プランが細かい=タスクが多いということになる。タスクの細分化は常套手段でもあるが、こうして見ると度が過ぎると「タスクの数」がプレッシャーになるかもな。

・誰でも頭の中に完璧主義者がいると思った方がいい。頭の中の「そいつ」が反射的に張り切るから、上記のようなプランは人に依っては「勝手に」そこまで考えてしまい、なおかつ半強制的な効果を持つ。
この時点で「できて当たり前、できなきゃ出来損ない」との自己評価を下しやすくもなる。義務自己かな。

完璧主義者に限らず多くの人が、予定に対して「○○しなきゃ」みたいな使命感/義務感めいた言い方をするのは、予定自体が強制力を持つからだろう。「勅令」みたいな。急急如律令。

・肯定的に見れば才能でもあるかも知れない。プラン自体は大体において悪くないのだし。……まぁ、大体は「可能だが最大限キツイ」感じになるのは自らにとって短所だろうが。

繰り返しになるが勝手にこのあたりまで思い浮かぶ事自体は珍しくない。改めて「緩和」を意識的にする必要はあるだろう。

」に仕事を連想する

米オハイオ州立大学の研究によると

「時間を決めて待ち合わせといった休日に予定を立てる行為。これは、仕事でのスケジューリングを連想させる」

ということで、本来なら楽しいはずのプランを面倒に感じてしまうのだそう。

また、きっちりした旅行のプランを立てる際にも同じことが言えるそうです。

https://news.infoseek.co.jp/article/tabizine_125960/

やりたいことを「予定」とすることにより「仕事」になってしまう、ということのようだ。義務自己かな(二回目)。

・予定を入れることができる隙間ってのは、要は空いていた時間だ。そこに「仕事」をねじ込む。あるいは他を押しのけて決定されたかも知れない。まぁ嫌になっても不思議じゃない。

その分自由は減る。その時間は「休日」じゃない。「拘束時間」になる。
義務というか、作業感というか、事務的というか。

例えば遊ぶ約束したとして、クソつまらんかったとしても、「つまんないから帰るわ」とは普通は言えない。よほどじゃなければ「付き合い」で最後までいるだろう。拘束時間となる「可能性」ならどこにでもあったりする。

・楽しみにしていた約束は、実行する時には「消化作業」になる。
「終わるとホッとする」のはこのためだ。肩の荷が下りたから。

予定が終わった時の開放感と、仕事が終わってさぁ帰るぞ、って気持ちと比べてみたらどうだろう。同じ気持ちだったとしたら、まぁそういうことだね。

・これ、休日を満喫するためには思考回路からして平日と変える必要なくないか。まぁ休日もカジュアルなレジャーとシリアスなレジャーがあるって話もあるし、義務感や作業感が必ず悪いとも限らないのだが。

同時に人は平日で疲れ果ててるから、カジュアルな(憂さ晴らしや娯楽的な)レジャーしかやる気力がないことが多い、って話だが。

対策

予定を立てない

・なるべくね。

・人間には「展望記憶」と言って、予定実行機能が備わっている。こうなったらこうしよう、この時間になったらこうしよう、みたいな。

面白いことに、トリガーとなる刺激(その時間になる、用がある相手と会うなど)になると自然と思い出すことができる。まぁど忘れもある。

この間はトリガーさえあれば思い出すように意識に「常駐」していると考えられる。アプリみたいなもんだ。常駐している間負担となるのなら、なるべく起動しない=予定を立てないほうがいいな。

ストレスにならない予定の立て方について

・かといって、ノープランではせっかくやったことが無駄にもなりかねない。何か見逃すかも知れないし、損をするかも知れない。断れない/断りたくない予定や約束もあるだろう。この場合は尚更失敗するわけにもいかない。

時には予定に対しての緊張やプレッシャーは、デメリットを軽減する必要コストかもしれない。
成功率を少しでも上げたり、キャパオーバーなタスクをそれでもやり遂げる補強かも知れない。
保険料や設備投資のような。

だとしたら予定に対して緊張やストレスを感じ、当日までがしんどいというのはコストが「過払いじゃないの」って話になる。まぁそうじゃなくてもなるべく節約はしたいわけだ。だからやることは保険料の見直しになるね。

・つまり予定を細かく決めない。大筋だけにする。要点だけ抑えた形。

逆にプレッシャーになりやすいタイプは、予定を細かく決める上に全て優先度が「最優先」となっている状態が多いように見える。どれ1つ切り捨ててはいけないと思っているかのように。このあたりが完璧主義。

・人は後でストレスになることを忘れて予定を細かく設定しがちではある。理由としては、予定を立ててからそれにストレスを感じるまで、若干時間差があるから失念しやすい。予定を立ててる時はテンション上がってたりもする。

・休日の予定に対して特に言えることだが、「充実していなければならない」という強迫観念のような思いがある人も多い。

冗談抜きで「リア充である義務」みたいな強迫観念を持っている人はいる。多分多いはずだ。
このためスケジュールを自分からギッチギチにする傾向は、持ってる人は持っている。

・予定はある程度勝手に思い浮かぶ。ここは個人差があるが、普段から予定がストレスだというのなら、自動的に考えてしまう脳内プランが度を越して精密な疑いは高い。

これについては「後から修正する」スタイルのほうが良いだろう。「細かく考えてはいけない」とするのは単純に難易度も高いし、それもまたストレスになる。切り捨てられないなら、せめても優先度をしっかりつけたほうがいいだろう。

最低でも主目標と「ついで」は分けたほうがいい。

ドタアポ専門になる

多分ドタキャンの逆だろう。土壇場でアポイントメント。面白いなこれ。
https://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0602/186875.htmの解答欄にあった。

要するに「今日暇?」って誘い方してほしいってこと。

尤も、今度はそういう誘い方ができない人ってのも出てくるが。約束して予定通りに動きたい人もいる。このあたりはさっさと自己申告しといた方が良いだろう。
あとは急に誘われるのが嫌って人も、もちろんいるわけで。

・うつ病で、人と会う約束をしてもプレッシャーとなり、具合も悪くなり、当日ドタキャンを繰り返していた女性の話がある。このせいで病院にもなかなか行けなかったようだ。

彼女もまた「予定がプレッシャーに感じる」としているのだが、苦肉の策として自分の調子がいい時に「今から会えませんか?」と打診する方針とした。

相手にも都合があるからいつでも会えるわけではなかったが、こうすることによりプレッシャーにはならず会えるようにはなったとのこと。

興味深いことに、予定を立てないと決めてからは少しずつ動ける日も増えてきたようだ。

苦肉の策ではありましたが、外に出るというプレッシャーから解放される方法として「予定を立てない」と決めたことは私にとって、とても有効でした。

http://www.utsu-s.jp/aruaru/appointment_150918/

ただ、予定がストレスなのはうつ病の症状だ、というのは早計だろう。
元からこういう心理がある。うつ病だとそれが大きくなる。そう思っておいたほうがいいのではないか。

・また、「予定がなければ動けない」あるいは「動いてはいけない」と思っている人の存在もこれで浮き彫りになる。「行動には意味がなくてはならない」というコアビリーフというか。

休日に予定がないことに「自分は無価値ではないか」と感じる人もいる。

このような、自由を求めているのに自由が嫌いな人は結構いるし、根が深い。

 

メモ

・義務自己だな。即興で短期的な項目が追加されるのか。あるいはプランの基準か材料が義務自己なのか。
割ととんでもないなこの機能。社会に適応するのが存在意義なのかもしれない。義務自己=責任感とも言えそうだし。

・予定自体が勅令になってるケースと、義務自己の「べき論」をベースにプランが立てられてるケースとあるか。

前者はプレッシャーが強い。当日になるまでがしんどい。「行ったらなんてことなかった」ってタイプ。

後者は1つの予定が過剰に細分化し、全てが必須事項となり、「精密作業」となる。目的は高精度で達成されるが、疲れ果てる。常識的、模範的、理想的、かつ完璧主義っていうと、社会規定型完璧主義か。

 







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