努力についての信念に個人差があり、その人の行動を決める

  • 努力に対してのイメージが人それぞれ有るよ
  • 目標の達成が困難になった時、イメージによりその後取る行動に違いが有るよ
  • 今回、項目名と中身が第一印象と結構違うのが多かったよ

努力の7つの信念

・人が努力に対して持つイメージは異なり、それによって目標が達成困難な際に目標追求のスタイルが変わる。

平たく言えば、何かしら目的を持って行動していて「壁にぶつかった時」にその者がどう動くかは、その者が元から持つ努力のイメージの影響を受ける。

・信念といっても立派なものではなく、それに対してのイメージって意味に近い。例えば「必死に頑張るのはかっこ悪い」というのも、努力に対しての信念の一つに数えられる。

また、これは考えて結論付けたものというよりは、無意識的に形作られ、知らぬ間に行動と結びついていることが多いとされている。つまり、努力への信念が行動に影響を与えている自覚があるとは限らない


・『人は努力をどう捉えているのか――努力についての信念尺度の作成――』によれば努力の信念は7つ。

  • 「重要・必要」
  • 「コスト感」
  • 「才能の低さの象徴」
  • 「効率重視」
  • 「環境依存性」
  • 「義務・当然」
  • 「外的基準」

ただしこれらは一人が複数の信念を持っていることが十分に考えられる。

・この論文では「努力についての信念」を測る尺度を作るため、まず大学生512名を対象に「努力に関する考え方」を自由記述させ分類した。この時点で努力に対して単なる肯定/否定のイメージではなく、様々な信念が有ることが示されている。

・なお、それぞれの信念の組み合わせはここでは調べられていない。

努力は大事:重要・必要

・「重要・必要」の尺度の項目は以下。

  • 努力は、成功するために欠かせないものである
  • 良い結果を出すためには、努力する必要がある
  • 努力することで成長につながる
  • 努力することで自信につながる

・学習観(「学習はどのように効果的に進むか」の信念)の一つである学習量志向(コツコツ量を重ねれば効果がある)との信念と有意な正の相関がある。

知能に対してのイメージである増大的知能観(知能は努力などで増大する)とも正の相関が有る。

重要・必要が高い人が目標達成困難な時の行動

・「目標の断念」と「目標の内容の調整」に有意な負の関連が見られ、「目標継続」には正の関連が示された。

・諦めない、目標は変えない、続ける。あくまでも目標はそのままで、追求すると考えられている。

・努力に対しての肯定的信念が多く、努力の過程や結果において何かを得られると信じているために継続すると考えられている。

割に合うなら努力する:コスト感

・「コスト感」の尺度の項目は以下。

  • 努力とは苦しいものである
  • 努力には、苦痛が伴う
  • 努力は、つらいものである
  • 努力には、我慢が必要である

比較的多いイメージだと思われる。努力は「コストの支払い」のため、割に合わないならやらないし、必要ならやる感じ。

・余談だが、目標を断念すると精神衛生上よろしくないことは確認されている。ただし、そこから新たな目標を設定することは精神的な健康を促進するともされている。別に路線変更してはいけないってわけでもない。

・学習観の1つである学習量志向とこのコスト感は、有意な正の相関が確認されている。「量が必要だ」と思えば、コスト感は増すか。

コスト感が高い人が目標達成困難な時の行動

・コスト感は努力の信念のうちで特殊な立ち位置にあり、これだけでは直接何かの行動を規定することはない。いずれの目標追求行動とも関連が見られていない

・コスト感は、直接行動を規定するのではなく、他の信念による行動を調整する変数である可能性が考えられている。ブレーキみたいなもん。「割に合わないからやらない」ってのは、結構必要な考えだろう。時間は有限だし。

ただし、努力に対するコスト認知をすることが、すぐに「じゃあ努力しない」ってなるわけでもないらしい。その様な結果は出ていない。

・努力の信念以外での研究でも、コスト認知の話が他にも有る。

「ポジティブな課題価値」が学習行動に及ぼす影響を調べた話では、コストが低いときには実践的利用価値(学習は日常生活において有用であると捉える)は学習行動に影響を与えない。しかしコストが高いときにはポジティブな影響を与えるそうな。

・思うにコストは「損得」そのものではなく、「値札」みたいな立ち位置じゃなかろうか。値段相応かそれ以上の価値があるならやる、って感じの。努力するかしないかの損得勘定は、コストを認知した後で行われているように思える。

努力は才能がない人がすることだ:才能の低さの象徴

・これだけだとエリート意識だけが高い雑魚のマウントみてーだが。

・「才能の低さの象徴」の尺度の項目は以下。

  • 努力するということは、能力が低いということを意味する
  • 努力は、才能のない人が行うものである
  • 努力は所詮、能力の低い人の自己満足である
  • 才能のある人にとって努力は必要ではない

ちょっとニヒリズム(虚無主義)入ってんね。

・「頑張ることはかっこ悪い」はここに該当する。

・知能に対しての「人の知能はずっとそのまま(成長しない)」という信念(実体的知能観)と有意な正の相関が有る。

・ゆうても、「努力は無能がすることだ」と思ってた所で、「自分は無能だから努力するんだ」ってなることは考えられるが。

努力を見られるのが恥ずかしい、こっそりと努力する、努力は見せるもんじゃない、なんて意見や行動は、自他に心当たりがあるんじゃなかろうか。これらは努力を「恥」かなんかと思いつつも努力している様だろう。つまり「努力は必要」という要素も、この行動からは見て取れる。

(個人的には人目を気にすることもコストなんで、大っぴらに努力できる環境の方がよろしいと思うが)

一方で、人は努力が叶う物語を好む傾向がある。オリンピックなんかもそういうの投影して見てる人がいるね。つまり努力を「見たがる」。まるで努力が叶うことを確認したいかのように。まぁ一人の中の信念も、一枚岩ではないのだろう。

才能の低さの象徴が高い人が目標達成困難な時の行動

・字面から判断するなら「才能がないんだ」と諦めそうなイメージだが、面白いことに「目標継続」に対しての有意な正の関連を示している。要するに諦めない

・努力する=才能がないとの認知は有るが、自分がそうであると認めて努力する必要性を感じるなら、継続につながると推論されている。

努力は効率が大事:効率重視

・「効率重視」の尺度の項目は以下。

  • やみくもに努力するのではなく、効率よく努力することが重要である
  • がむしゃらに努力するのではなく、計画的に努力することが大切である
  • ただ努力するのではなく、適切なやり方で努力することが重要である
  • 間違った方向の努力は、努力とはいえない

・大事なことだが、コスパやタイパを気にするだけなのとは結構違う。ここでの効率重視は効率を模索することを含める

・学習観の一つに方略志向がある。これはあれこれと工夫をしながら要領を得ていくものだという信念。ここでの効率重視に近く、有意な正の相関が確認されている。

効率重視が高い人が目標達成困難な時の行動

・「目標達成方略の調整」に正の関連がある。

イメージ通り、壁にぶつかったらやり方を変えてみる感じ。

・目標達成が困難でも諦めないが、根性で乗り切ろうともしない。方法を変えることで達成しようとする傾向。

よろしい目標追求の要素として「柔軟な目標調整」があるが、それを持っているとされる。

努力は環境に依存する:環境依存性

・「環境依存性」の尺度の項目は以下。

  • 努力できるかどうかは、周りの人間関係に左右される
  • 努力できるかどうかは、他者の存在に左右される
  • 努力できるかどうかは、周りの環境による
  • 努力しやすい環境と努力しにくい環境がある

・学習観にも環境志向が存在している。「良い学習環境に身をおくことが学習の成果につながる」という信念。努力の環境依存性と有意な相関が見られた。

環境依存性が高い人が目標達成困難な時の行動

・「目標の断念」と、「目標の水準の調整」に対して有意な正の関連がある。

諦めるか、目標のレベルを下げるか。

・加えて「目標の内容の調整」にも正の関連がある。新しい目標を設定すること。

・環境依存性は様々な目標追求行動との関連が見られた。きっぱり諦めたり、路線変更したり、目標レベルを下げたりと。

これは努力できるかどうかが置かれている環境に拠ると考えているため、今の環境を良し悪しどちらと認知しているかで行動も異なるのではないかと考えられている。

環境次第だから環境に適応的ってことだな。

努力するのは当たり前のこと:義務・当然

・「義務・当然」の尺度の項目は以下。

  • 努力するのは当たり前のことである
  • 努力は常にするものである
  • 努力は人間としての義務である
  • 努力はしなければいけないものである

・努力に限らず義務、当然、普通、当たり前ってタイプの信念の悪いところは、ナチュラルに他人にも押し付ける点にある。努力においては「人に努力を押し付ける/強制する人」が嫌われている話はよく見かけるな。

・勉強はしなくてはいけないものである(義務的学習観)との信念と有意な正の相関。

義務・当然が高い人が目標達成困難な時の行動

・「目標継続」に対して有意な正の関連を示している。

努力は「しなければいけない」と思っている場合、困難かどうかに関係なく継続すると考えられている。

努力かどうかは周りが決める:外的基準

・「外的基準」の尺度の項目は以下。

  • 他人に認められてこそ努力したと言える
  • 努力とは、他者から認められることで意味が生じるものである
  • 結果を出してこそ努力が認められる
  • 結果につながらなければ努力とはいえない

ご覧の通り、「他人」と「結果」の2通りの「外」がある。結果もまた得るものであり、外的と言える。心理学の文脈だと自分以外はだいたい全部「外」じゃけん。

・「失敗に対する脅威性の認知」と有意な正の相関が、「失敗に対する活用可能性の認知」とは有意な負の相関が見られた。

要するに失敗をかなり「リスク」として見ており、「失敗から学ぶ」みたいな姿勢は弱い。単に人目を気にしている時の心理状態を思い浮かべれば早いだろう。

外的基準が高い人が目標達成困難な時の行動

・環境依存性と同じく「目標の断念」と、「目標の水準の調整」に対して有意な正の関連がある。

・さらに「目標達成方略の調整(やり方を変える)」と「目標継続」とに有意な負の関連があった。要するにこれらをやらない傾向。

・外的基準の信念の持ち主も、様々な目標追求行動を取る傾向があるが、努力の結果を他者や客観的に示すことができないなら、努力をやめてしまうと考えられている。

・何故か目標達成方略の調整もしない。つまりやり方は変えない。結果だけじゃなくてその過程も含めて「見られている」または「見せるつもり」と思っているかのような話だ。

・この信念の持ち主は、努力の価値が「結果を他者や客観的に示せること」に随伴していると考えられている。そのまま「他者や客観的に示せないなら努力に価値はない」ということ。

メモ

・全体を通して「才能の低さ」は比較的少数で、「コスト感」「効率重視」「重要・必要」は多かった。

これは大学生対象の研究だからってのが大きいだろう。テスト勉強や受験勉強やればそんなイメージは出来上がると思う。

論文内でも『本研究は大学生を対象にしたものであるが,努力についての捉え方は年代によって異なる可能性が考えられる。』とされている。

消えた要素

・本来もっと多様な信念が見出されており、最終的に尺度作成のために7つに落ち着いた。その中には人がまず思いつきそうなものが、別の項目に吸収されたりなどしている。

名称変更

・この論文では研究1で自由記述から要素を抽出し整理、研究2で尺度作って、研究3で妥当性を確認、研究4で信念と行動の関連を調べている。

研究2の段階ではカテゴリは9つあり、名前も今と違っている。

  • 動機づけ→義務・当然
  • 外的要因→環境依存性
  • 判断基準→外的基準
  • 目標に結びつくための条件がある→効率重視

これらは研究2の結果、高い負荷量(影響の強さ)を示したそれぞれの項目内容と変更された。

内的要因

・「内的要因」は当人が持つもので、気力/体力/強い意志などを指す。

「努力に何が必要か」で集中力(つまり意志力)が思い浮かぶ人も多そうなもんだが、これは因子が独自に見出されなかった。

・内的要因は「コスト感」に高い負荷量を示していた。「努力は辛い苦しい」というイメージと、「努力には気力体力強い意志が必要だ」というイメージは区別して扱うのは難しいと判断された。

・内的要因には「努力できるかどうかは才能による」「努力のためには才能が必要」との項目が含まれる。これらの部分は「努力は才能の低さの象徴」と高い負荷量(負の負荷量)を示していた。

努力は多様性が有る 努力は社会的美徳とされる

・この2つは途中までは残ってたんだが、メタ認知的信念だとしてカットされた。

ただ、当人の行動に影響を与えるという点では、間違いではないだろう。例えば社会的美徳と認知しているなら、人がいる所でしか頑張らない「頑張るフリがうまい奴」とか「努力を見せびらかす奴」となってもおかしかないし。

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