人間関係

人目を気にする心理について

投稿日:2019年8月12日 更新日:

・人目を気にしない人間もあまりいない。程度の差はあるが。

大抵は気にしたくなくても気にしてしまうだろう。

 

 

見られたい自分、見てほしい部分。

・人に見られる自分というものは、必ずしもありのままというわけでもない。どちらかといえばそれは初めから人目を意識した「見せたい自分」である。

他者に対して「自分をこうだと思わせたい」という一種の演技。これを「自己呈示」と呼ぶ。

 

例えば優しく思われたいから人当たりよく振る舞う。

例えば賢いと思われたいから頭が良さげなことを言ってみる。

 

言葉にすればちょっと残念な人っぽいが、まぁ大なり小なり誰もがこの辺りは意識するだろう。

また虚栄が暴かれるリスクが有るため、普通はそれほど実態とかけ離れた演技はしない。普通じゃない奴もいる。

 

・人がこれを気にする動機は、一つは他者からの評価・印象が自身の利益/不利益に繋がるからだとされている。

 

また他者からの評価の上下は自尊心の上下に直結する。

このため、平たく言えば

「自分に自信を持ちたいから評価されたい」

「自信を失いたくないから恥をかきたくない」

という心理でもある。

 

・人は基本的に、この「演技」には手を抜かない。というか抜けないだろう。アイデンティティに関わる。諦めることはあるかもしれないが。

個人的には他者評価による社会的メリットよりも、自尊心への影響を人は気にしていると思う。

 

ただ、自信がない人ほど守りに入り、自信過剰な奴ほど攻めに回るのはどういうことか。恐らくトラウマやダメな成功体験のせいだろうけれど。

 

・他人に「評価」されるにしても、どのような評価が目的なのかはそれぞれだ。

賢い、可愛い、かっこいい、頭がいい、親しみやすい、優しい、厳しいと思われたい者もいるし、恐怖の対象になりたい者もいる。また、相手にも依るだろう。

こういった意味では誰も彼もが「キャラクター」をある程度意識して演じている、とも言える。

 

・理想像はそれぞれだが、自分が望んだ通りに他人に思われたいという点では変わらない。ただしこの評価への欲求は、

評価を「獲得」したいのか

評価を「維持」したいのか

大きく分けてこの2つ目標に分かれる。

 

 

 

・人気者になりたい、感心されたいなどの欲求。

言葉通り、意図した賞賛を獲得するのが目的。

これにより積極的な傾向が強まる。

 

・恐らく、一般で言われる「」はこちらに入る。

 

 

・嫌われたくない、変だと思われたくないなどの欲求。

言葉通り、拒否されることを回避することが目的。評価の維持。

これにより現状維持と消極的な傾向が強まる。

 

・これは今よりも悪い評価にならないように、などの「失墜」への懸念とも言える。

 

どちらであるかで行動が変わる

 

・この2つはその者を正反対の行動に導く。異性への告白に於いては賞賛獲得は行動的に、拒否回避は抑制的に働く。

主婦に於いては賞賛獲得が強ければ「愉快で元気」であることを演じて友人関係などを求め、拒否回避が強ければ「義理の親に可愛がられるよう」演技する傾向がある。

 

・だが、賞賛獲得と拒否回避は他者が見分けるのは困難だ。自分にすら見分けられるかどうかちょっと怪しい。

例えば女性に多い「痩せたい」という意図は一見人目を気にした拒否回避欲求に見える。だが実際のところは賞賛欲求の要素が強いという。

どれだけ痩せたかは彼女たちの一部にとっては周囲の評価を高めるための「スコア」らしい。

 

・パーソナリティの話でもないと思う。それほど固定はされていないだろう。仕事や部活動には積極的だが、人間関係には奥手などもあるだろうし。

 

人は「どう思われたか」をどのように認識するか

 

・結論から言うと、認識なんてしていない。推論している。まぁそりゃそうだ。

この「推論」の材料が、自分自身の物をそのまま転用しているという説が有力となっている。

 

スポットライト効果

 

・自分が注目される「心当たり」があると、現実以上に「自分は注目を集めている」と感じる心理がある。

つまり、「どれだけ注目を集めたか」にはバイアスがかかる。

 

ギロヴィッチらが行った有名な実験がある。

研究室でアンケート用紙を記入してもらっている実験参加者たちの中に、遅れてきた実験参加者(以下、遅刻者)が入っていくというものである。

ただし、遅刻者には大物歌手のTシャツを着て部屋に入るように言われた(当時この大学では、その歌手のTシャツは絶対に着たくないという学生が大多数だった)。

この実験は何度か行われたが、平均すると、部屋にいた者のうち約20%が遅刻者のTシャツに気づいたが、遅刻者は約50%の人に気づかれたと答えている。

 

https://kagaku-jiten.com/social-psychology/individual/self-presentation.html

 

簡単に言えばクソダサTシャツ着てるという「目立つ理由」があるから、本人は実際の倍以上に「気づかれた」と感じたということ。

 

反対に何かに自信を持っているのなら、良評価を過大評価するだろう。

この実験は、自分の考え方や感情を、他者が自分をどう見たかを推論する時(メタ推論)にそのまま利用することの示唆なのだから。

まとめれば、「自分で自分を見る目」でしか人の目を考えない。

自分にしている評価しか他者からの評価の受け皿がない。

 

・コンプレックスがある人間は、そのコンプレックスに「気づかれた」と、そしてコンプレクスが理由で他者が自分をこう扱うのだと思いやすいということでもある。自分が気にすればするほどに。

心の理論のシミュレート仮説がこれに近い。

 

他人のリアクションから

・他人の脳内なんて覗きようがない。相手が自分をどう評しているかは自分に向けられた言動から推測することになる。

 

・リアクションと言っても、勝手に自分に向けられたものだと思ってそう解釈するわけだが。

要するに、自分がどう思われているか極度に気にする人間は、他人の言動が「自分に向けられた」「自分に対して行ったもの」に見えるということでもある。スポットライト効果の例のように、この時点で間違っている可能性もある。

 

・そしてメタ推論の話から考えれば、「自分が予測していること」に帰属させやすいだろう。

自信がある部分、気にしている部分に注目が集まっていると感じ、人はそれに対してリアクションをしていると感じやすいという話。

かくして自信がある奴は調子に乗り、自信がない奴は萎縮しやすくもある。割とダメなシステムだこれ。

 

・自己呈示の2つの「目的」によって、どこに注目しやすいか、そしてそれをどう解釈するかが変わってくる。

 

結果をどう捉えるかは目的に依る

・実験として、「集団に於いて自分が意見を示し、周囲がそれに賛同するパターン、否定的なパターンのシナリオ」を読ませ、感情を尺度で測るというものがある。

1997年11月、346名、平均年齢19.45歳。

 

・否定されるシナリオに対して、賞賛獲得欲求が高い人は怒りや恥の感情が高くなった。

怒りの感情としては「悔しい」「許せない」「頭にくる」「バカバカしい」「腹立たしい」の5つ、つまり怒りの項目全部と相関があった。

恥の感情としては「体裁が悪い」「バツが悪い」という項目に相関があった。

 

これは彼/彼女たちにとって、否定されることは目的外=予想外の出来事であり、自分の行動よりも、評価をした他者や状況にその原因が帰属されると考えられている。つまり自分が失敗すると思ってない。

「予想外の結果になったんだから自分以外の何かのせいだろう」みたいに考える。

翻ってみれば、よく人のせいにする奴は自信過剰な目立ちたがりが多いな。

 

・一方拒否回避欲求が高いと逆なのかと言うと、別にそういうこともない。

こちらは恥、怒り、照れと相関があった。

どの道意見を否定されたら怒りと恥が沸き起こるのがデフォということでいいだろう。

ただしこちらは特に恥の感情が強かったとされる。

 

こちらの場合は彼/彼女たちは最初から恥をかかないことが目的だった。

このためそれに「失敗」したのだから恥を感じるのだと考えられている。まぁこっちの方が結果を受け止めているだけマシだろう。

やっぱりマシな方から病むじゃないか。最近「メンタル強い」って言葉が「性格悪い」って言葉に聞こえて困る。

 

・肯定的なシナリオの場合、賞賛獲得欲求と満足感に正の相関があり、恥とは負の相関があった。

拒否回避欲求が高い場合、肯定シナリオでは満足感と照れの感情が高かった。こちらはどちらにせよシャイだね。ただ、目立ちなくない、成功したくないという心理に繋がりそうに思える。

 

内在化

 

・社交的に振る舞うと、社交的だと周囲に認識される。それを維持するためにはまた社交的に振る舞う必要がある。

このようなサイクルで、本来「演技」だった自己呈示は自分のあるべき姿に内在化することがある。

 

・面白いことに、匿名だと内在化は起こらないとされる。

「自分はこう見られているからそう振る舞おう」と思う余地があるからこそ、内在化が起きるとも言える。

良く言えば「期待に応える」ってところか。

 

・見方を変えれば、「外面から全く影響を受けない内面もない」とも言える。

ただし、「認識される外面」とは、自分の思考的材料や方法に依るシミュレートだ。「予測」であり、「現実」とは限らない。

 

メモ

・非言語的な要素、例えば身だしなみや仕草、振る舞いなどは気を使ったほうが良いと言える。

このような「見ればわかる」部分は、自身も「自分はこう見られているだろう」と考る材料になる。

実際先程の実験では、ダサT着てただけで過敏型自己愛みたいになってたわけだし。

 

 

 

 

参照サイト

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpjspp/11/2/11_KJ00002442204/_article/-char/ja/

https://kagaku-jiten.com/social-psychology/individual/self-presentation.html







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