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全部自分のせい・自分が悪いと思ってしまう人の思考

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この記事は【2018年8月26日】が最後の更新のため、記事の内容が古い可能性があります。

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本当は自分は悪くないのに何かあると全部自分が悪いと思えて仕方がない人のための。

認知の歪みで見てみると

現実を不正確に見せ、ネガティブな思考や感情を強化し、精神病的症状を永続化させるかもしれないとされる「a)歪みとは言っているが、個人的にはこれは本来認知バイアスに近い「即座に物事を判断するためのシステム」だと考えている。本能的なものだとしたら「危険」などのネガティブなものに注目が行くのは自然なことだ。敵や危険に対して油断するわけにはいかないのだから。本能みたいなものだから誰にでも心当たり程度はある。逆にそれが過剰だと誰でも認知が歪んだ状態になる。」たる概念がある。それにこの状態を当てはめてみると……

「自分が」

「自分が」という言葉は個人化。

個人化は自分がコントロールできない結果が起こった際、「これは自分の責任だ」と思い込むこと。

ポイントは思い通りにならなかったら自分の責任だとする点。つまり結果が出る前には何らかの「期待」あるいは「義務感」があった可能性がある。

まぁ単純にみんなと仲良くしなきゃならないと思ってたとか、しっかりやらなきゃならないと思ってたとか。あるいはそうなると予測していたのに結果は違ったとか。

これらが自分には出来るはずだ、出来なくてはならない、という考えが元からなかったか。

「悪い」

「悪い」という言葉はスプリッティング、マイナス化思考に当たる。

スプリッティングは白黒思考、100点か0点か、ゼロイチ思考、色々な呼ばれ方をしている。身近な方だろう。

2つに分けるということ。二極化。中間は存在しない。この思考・価値観は完璧主義者に多い。そして「良いか悪いか」という概念そのものが二極化しているものだ。

マイナス化思考は、マイナスな結果・状況が「当然」であり、何かプラスのものだけ偶然か何かだとして取るに足らない物とする思考。

その他にも

そして十分な検証をせずに自分が悪いとするのなら「結論の飛躍」であるかもしれないし、本来大したことがないことを問題視している場合には「拡大解釈」に当たる。

悪いところにしか目が行かず、自分が悪いと思う材料しか見えないのなら「心のフィルター」。

自分が悪いと思っているその出来事に何か後味の悪さを感じていて、その理由として自分が悪いとしたのならば「感情の理由付け」だ。

いつだって自分が悪いとするのなら、自分に「レッテル貼り」をしているかもしれない。

自分はいつもこうなんだ、と考えるなら「過度の一般化」。

だから自分はこうしなきゃいけない、とまで考えが続くのならそれは「すべき思考」。これも完璧主義者に多いb)べき論、コアビリーフなどとも呼ばれるが、これらは簡単に強迫的な義務を頭の中に作る。絶対に、いつでも、自分はこうしなくてはならないと脅し続け、自分を見張り続ける。

少々強引ではあるが、「自分が悪い」という短いフレーズに3つ、可能性として追加で7つの認知の歪みが含まれている。

重要なのは、認知の歪みって10個しかないことだ。全部入ったぞ。

「良い」「悪い」という言葉

根本的な話、「良い」とか「悪い」って言葉が相当に大雑把である。言葉に振り回されちゃいないか。

言葉が指し示す範囲が広すぎる。簡単に言えば大げさ。「悪い」という言葉の意味自体は何らかに付随するものだ。この場合は「自分」になってしまうが、ここからもうおかしい。

「自分」が「悪い」。存在を全否定している。

今回で言えば「自分が悪い」という思考が毒であるのももちろんそうだが、「」が毒な部分もあるだろう。

外言(自分が口にする言葉)も内言(心の中で思う言葉)も、無意識は「聴いている」。自分で自分の言葉を「再解釈」する時がある。時には「言葉通り」に。そしてその通りの「歪んだ現実」をあなたに見せるだろうc)(ムカつくという言葉でしか怒り・不快を表現ができないから子供はキレやすいという指摘がある。)

「自分が悪い」という言葉の分析

「自分が悪い」という言葉。「悪い」と思うのは結構だとしても、「何が」悪いのかが実は含まれていない。

認知の歪みが過剰に働いている状態だと仮定すると、「自分が」という言葉に該当するのだという意見は許容できない。

自分の存在全否定するようなこと言ってる割には、具体性が一切含まれていない。「何が」悪いのかがd)(人には元からこの傾向がある。なにか特徴的な一部分をその人間の人格・性格だと決めつける傾向。これがレッテル貼り。行き過ぎた一般化のより深刻なケースとされる)。逆に具体性を含まないから拡大して「自分が悪い」にまで広がったのではないか。

もっと具体的に

「自分が悪い」という言葉がそもそも悪い。極端であり、終着点のように見え、つまりそれ以上は考えない=疑われない位置で毒を垂れ流す。

認知の歪みは恐らく本能由来のものだしe)(なきゃないでトラブルに棒立ちになるようなことになるだろう)、認知は知覚と混同され、なかなか気付けないものだ。ここをなんとかするのはすぐには難しい。

今すぐ改善できるとしたら「言い方」だろう。

 

最悪から始めてみる。

「何もかも全部」「自分が」「悪い」から。

まず何もかも全部ってのは何も考えてない奴が使う言葉だ。カット。

 

「自分が」「悪い」になった。

今度は足りないな。「何について」自分の「何が」悪いのかが入ってない。

 

「○○について」「自分の」「○○が」「悪かった」になった。

悪いってのも二極化っぽいね。だがここをカットしたら文章にならないから何かに差し替えよう。問題視しているのは事実だから「問題だった」にしようか。

 

「○○について」「自分の」「○○が」「問題だった」になった。

はて、問題視しているのはわかったが、これだけでは感想に過ぎない。問題だと思う理由は?

 

「○○について」「自分の」「○○が」「問題だった」「なぜなら○○だからだ」になった。

だいぶ形になった。テンプレとしては十分だろう。

まぁなんというか。見比べてみれば「何もかも全部自分が悪い」ってフレーズが「空っぽ」な上に「毒性がある」のがわかるだろう。むしろ毒しかないのが。

ここまで形にできれば本当に問題だった場合、方針を立てることは楽になる。軽視されがちだが、「質問をしっかり形にする」こと自体が問題解決に大きく貢献する。

(もしあなたがが死にそうな状況になって、助かる方法を考えるのに1時間あるとしたら、どんな事をしますか?という質問に対して)

「最初の55分は適切な質問を探すのに費やすだろう」

―アルベルト・アインシュタイン

どこに問題があるか

さてここからが本題だ。「○○」に当てはまる単語を、自分の悩みを参考にそれぞれ入れることを試みてもらいたい。試みるだけでいい。

恐らくいくつかのパターンに分かれるだろう。

  1. 全部違和感なく埋めることが出来た
  2. 何も当てはまらない箇所がある/埋めてはみたが文章がおかしい
  3. 入れたくない

全部違和感なく埋めることが出来た場合

少なくとも「じゃあ次はこうしよう」と考えを進めることができる。おめでとう。

問題解決に「良いか悪いか」の判定は必要ない。「問題だと思うから対処する」で十分だ。

ただそれは、問題なのではなくて「なりたい自分」なのかもしれないけれどね。

何も当てはまらない箇所がある/埋めてはみたが文章がおかしい

いくつか判断が飛び、理由もなしに自分が悪いと思っている可能性が出てくる。

また、価値観自体が押し付けられたものだったりして「とにかくこれは悪いこと」みたいな認識を持ってる人も多い。この場合も特に最後の部分が書けないか、あるいは「○○がそう言っていたから」のような見りゃわかるレベルのおかしさがあるかもしれない。

ともかく、その入れられなかった部分や文章をおかしくしている部分には「何か」がある。

入れたくない

問題と対面することを避けるため、対面しなくて済む結論(=自分が全部悪い)を出した可能性。

ただ、だからといって今すぐそれを見直してみるというのも早計かもしれない。それは爆発物が入った箱のようなものかもしれず、開けるにしたって準備が必要かもしれない。

あるいは解決しないことが当人にとって一番の解決である可能性もある。目的が「現状維持」だった場合には、全部自分が悪いとして全て終わらせようとする自己犠牲を行うケースはある。特にアダルトチルドレンf)(機能不全家族で育った人。特に自尊心が低い傾向があり、自分は居ないほうが良いのか、自分には価値がないんじゃないかと思いがちでいる。)がそういった感じか。

事体に対しての一種の「諦め」かもしれないが、諦めることは別に悪いとは限らない。別に後で気が変わってやっぱ解決しようと思うかもしれないし、我慢の限界が来るかもしれないし。何も確定はしちゃいない。

「今はg)(時間的な設定をつけないとまるで「一生の大きな決断」のようになりこれまた毒になり得る)」「このままの方が良い」と思うのなら、とりあえず様子見でも良いかもしれない。

 

脚注   [ + ]

a. 歪みとは言っているが、個人的にはこれは本来認知バイアスに近い「即座に物事を判断するためのシステム」だと考えている。本能的なものだとしたら「危険」などのネガティブなものに注目が行くのは自然なことだ。敵や危険に対して油断するわけにはいかないのだから。本能みたいなものだから誰にでも心当たり程度はある。逆にそれが過剰だと誰でも認知が歪んだ状態になる。
b. べき論、コアビリーフなどとも呼ばれるが、これらは簡単に強迫的な義務を頭の中に作る。絶対に、いつでも、自分はこうしなくてはならないと脅し続け、自分を見張り続ける。
c. (ムカつくという言葉でしか怒り・不快を表現ができないから子供はキレやすいという指摘がある。)
d. (人には元からこの傾向がある。なにか特徴的な一部分をその人間の人格・性格だと決めつける傾向。これがレッテル貼り。行き過ぎた一般化のより深刻なケースとされる)
e. (なきゃないでトラブルに棒立ちになるようなことになるだろう)
f. (機能不全家族で育った人。特に自尊心が低い傾向があり、自分は居ないほうが良いのか、自分には価値がないんじゃないかと思いがちでいる。)
g. (時間的な設定をつけないとまるで「一生の大きな決断」のようになりこれまた毒になり得る)







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