やる気

作業興奮とは

投稿日:2019年2月15日 更新日:

 

作業興奮とは

・作業興奮は心理学者クレペリンが提唱したと言われている。

簡単に言えば「やる気は初めた後で出てくる」という話。
頭を使う、手足を動かすなど作業をしている内に、脳が「」を出す、という話。

ただ、これについては思うところがある。

→作業興奮とは違う「やる気」が存在していないか

 

・作業興奮は、正式な心理学の用語ではない可能性がある。後述。

ただし、この現象自体は非常に身近に、誰でも経験したことがあるだろう。

初めはやる気がなくても、実際に初めたらやる気が出てきて、今度は止まらない、という経験。

 

・「嫌なこと」「やりたくないこと」「辛いこと」と本人が認識している場合、発生しない可能性が高い。後述。

逆に「気が乗らない」「やる気が出ない」「なんとなくだるい」などの場合、作業興奮で解決できる可能性がある。

 

脳のやる気を司る部位は

・側坐核は「=モチベーション」に関わるとされている。「やる気の脳」と呼ばれることも。

Wikipediaの側坐核の記事から引用。

1950年代、OldsとMilnerは、ラットの中隔領域に電極を挿入し、ラットがレバーを押すことで電気刺激するという実験を行ったところ、摂食や飲水もせずに押し続けるという行動がみられた。

これにより、この領域が脳の「快楽中枢」であることが示唆された[6]

 

・側坐核に電極を刺して、レバーを押したら刺激する。結果、言葉通りに「寝食を忘れて」レバーを押し続けた。

つまり側坐核が刺激されていると熱中・夢中な状態になる。

快楽中枢が強く活発になっている場合、飲み食い=本能的な欲求を上回る「」を見せる、とも言えるだろう。

これは作業興奮に留まらず、過集中にも当てはまるかもしれない。

 

・側坐核が活発になるのは、「ある程度の刺激が来た時」とされている。これが作業興奮の条件である「実際に始めること」につながる。

 

・また、側坐核は線条体という脳の部分の一部。これは無意識的な行動、例えば卵を掴む時に潰さないようにする力加減などを司る。

頭でやらなければならない、と考えているだけよりも、実際にやっている時の方が線条体も働く。結果、側坐核も働く。

 

作業興奮が発生しない可能性がある状況

 

・嫌なものを我慢して、なんとかやり遂げる経験は多くの人があったりする。最後まで嫌々に。

作業興奮は脳の反応だとしたら、そこに何かあるかもしれない。

側坐核への主な入力としては、前頭前野、扁桃体、海馬、腹側被蓋野。

http://www.akira3132.info/limbic_system.html

 

・側坐核は海馬(記憶を司る)の影響を受ける。このため好ましくない記憶がある物事には働かない可能性。つまり、苦手意識など。

 

・扁桃体(快不快の感情を司る)の影響を受ける。このため「嫌い」「不快」とのイメージが強い場合には働かない可能性。

 

・前頭前野は「人を人たらしめる部分」とされ、理性に近いため、恐らく今回は問題ないと思われる。

むしろ、やる気が起きるわけがない嫌いなものに対して、やる気を出させようとする側か。

 

・腹側被蓋野(ふくそくひがいや)は神経伝達物質を生み出す所とされる。ここがドーパミンを作る。

 

・何れにせよ、当人がそのタスクをどう思っているのかの影響は受ける、と見ていいだろう。精神論というよりは認知的な話だが。

嫌でもやってりゃやる気が出るんだったら、世の中の小学生は皆、勉強大好きになってるだろうさ。

 

・ただ、目的を小刻みにして進捗を実感できるようにする、気楽にやれるところだけやるつもりで手を出す、取り掛かるハードルを徹底して下げるなど、工夫の余地はある。

 

作業興奮存在しない説

・作業興奮なんて言葉は心理学の分野にはない、とする話があったりする。実際論文とかは検索かけても一切引っかからない。せいぜい小中学生を対象とした学習塾や学校のコラム程度。

 

・「心理学者のクレペリン」自体は存在するが、本人にしたって作業興奮なんて言葉は使ってないって話。

ここが詳しい:http://shuchuryoku.jp/?p=8103

クレペリンが作業興奮なんて言ったかどうかからして怪しいそうだ。

 

・エミール・クレペリン(1856-1926)、弟子にはアロイス・アルツハイマー、フレデリック・レビーがいる。アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症の名前のもとになった人物。

彼が行った研究の一つに「作業曲線」がある。「単純作業を連続して行った時に」、時間の経過に応じて作業量が増減する折れ線グラフ。

これが大抵の人間の場合、初めは上り、次に高いところで横ばいになり(或いは徐々に下降)、次第に下がっていく、という形だとされる。

この際作業には意志緊張、興奮、慣れ、疲労、練習の5因子が影響すると考えられた。

作業興奮とは先程の「高い横ばい」と5因子の一つの「興奮」とを関連付けて、「どこかの誰かが言いだした」のではないか、という疑い。

 

・クレペリンの作業曲線の時点で個人差があり、個人の心理的特徴などとも一致するとされた。ここから現代でも職業適性検査として日本人が取り込んだ「内田クレペリン検査」がある。が、一部では信憑性に疑問が持たれている。

精度が疑問視されていること、同一人物が心境に拠って違う結果を出す点から。一部では「疑似科学」とも。

 

・「職業適性検査」といえばしっかりしてそうなイメージを持つかも知れないが、的はずれなことを大真面目でやる連中はいる。昔、血液型が採用不採用を左右するなんていう、脳に蛆が湧いてることやった企業あったぞ。日本で。

また、クレペリンの作業曲線が、100年以上前というのも結構な問題だろう。「バイアス」なんて概念なかった時代だし。

 

改めて作業興奮とは

・さて、それでもだ。

確かに手を付ける前はやる気がなかったのに、後では止めたくないほど集中していた、などの経験はあるわけで。

・作業興奮という言葉を使わずにこれらを説明するならば、苦手意識とフロー状態で可能であると考えられる。

フロー状態とは、何かを続けていて没頭・没我と呼ばれるほどの集中状態、タスクとの一体化状態のこと。

 

タスクの可視性(予測と法則が認識できる)、専念できる環境、楽すぎず難しすぎない難易度などが構成要素としてあげられている。

これも即座になるわけではなく、「やってる間に、自然とそうなっている」。気づいたら集中していた、というような状態。「入り方」が作業興奮に類似。

 

・やる前の「タスク難易度の過大評価」と、「継続することで没頭する強く長い集中状態」と。

これらのコントラストが「」に思えるのではないか。

やる前にはやる気がない=困難/めんどくさいと思う、

やってる間にできること/大したことないことを実感として思い出す、

軽い集中状態に入る、の3段階。

・スラスラとタスクをこなしている自分に気づいた時に、なぜ始める前はあれほどやるのが嫌だったのだろう、と感じたことはあるだろう。
このやる前と後との変化は「やる気が出た」と感じられても不思議じゃない。

この場合は「やってる間に、そこそこできると思い出した」ということ。或いは「気が変わった」。心が嫌がるのを止め、それこそやる気になった。

 

・集中状態に入ることは、捉え方に拠っては「やる気」と言えるし、初めの「やる気の無さ」とのコントラストで大きく「やる気がでた」と感じることもあると思われる。

・後は単純に、脳のモードはやる前とやってる最中とで違うと思われる。状況も違う。

コタツの中で掃除をすることを考えることと、コタツから出て立ってる状態で掃除することを考えることでは、思考内容がおそらく違うだろう。

単純に手順が違う。片やこたつから出る所から。片や掃除用具を手にとる所から。

これがコタツの中で、掃除しないといけない嫌だ寒い眠いめんどくさいってミカン食ってお茶飲みながら漠然と思ってる状態から、具体的な考えができる状態へ移行したら、「やる気が出た」とは思えるだろう。

つまり、こたつから出た=一歩進んだ/やり始めた → やる気が出た という作業興奮の構図と共通している。

この様に「手を付けたらやる気が出た」というのは非常に身近に溢れている。

 

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