計画的に行動できない:軽率、衝動的、我慢ができない人:時間割引

衝動性のデメリット:無計画、拙速、考えずに動く

 大抵遠い将来の報酬よりも、目先の欲が勝ることで破綻する。例えばダイエットは将来的に理想の体型を目指し、そして目の前にあるデザートに負ける。
これは熟慮の末に決断してデザートを食うわけではなく、衝動的にやっちまうのであり、当人にとっての失敗となる。一度だけのつもりが、何度も続いたりもする。

あるいは将来のことは考えない場当たり的な行動を繰り返し、何も考えていない人だと言われるだとか。

 衝動性は大抵良くないものとして扱われる。それがもたらす結果は良くて無害、悪くて有害で、有益なことは殆どない。

衝動性(しょうどうせい)とは、悪い結果になってしまうかもしれない行動を、あまり深く考えずに行ってしまうという行動特性である。

衝動性が高すぎる場合、犯罪やある種の精神疾患などの問題を引き起こすことがある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/衝動性

衝動性は多様な概念を含み,その定義には困難が伴うが,「内的あるいは外的な刺激に対して拙速で無計画な反応を,自分や他人によくない結果を招く可能性を考慮せずに行う特性」と表現できる1)。

遅延報酬選択における衝動性と抑うつ傾向

衝動性は何も考えずに動く、どうなるかわからないままに動く点が致命的によろしくない。当人ですら「わかっていたらやらないこと」すらやりかねないことになる。

 衝動性は本人の性格や特性と捉えられることも多い。一方で、焦りや不安の感情から、普段は冷静な人物でもそうなることがある。

例えば先延ばしをすると、締切が迫ることで焦り、衝動性は増す。刺激やストレスで落ち着きを失う可能性は十分にある。

時間割引と遅延報酬 目の前のものは大きく、未来のことは小さく見える心理


 この衝動性と関わる能力や心理として、時間割引、または遅延報酬と呼ばれる概念がある。

有名所はマシュマロ・テストやそれに似たパターンの実験。例えば今、1万円を貰うか、来年2万円貰うなどの「我慢したほうが得をする」選択肢で、我慢ができるか出来ないか(マシュマロ・テストでは、我慢できるなら将来成功するみたいな関連性を持たせた主張があった)。

得を選ぶ=我慢をすることが出来たり出来なかったりに個人差がある。

後から報酬が出ること、後から報われるようなことを遅延報酬と呼んだりもする。遠い将来であればあるほど当人の中で価値を失うことを時間割引(遅延割引とも)と呼ばれる。

人の「選択」は、1万と2万のどちらが多いか、というシンプルなものとはならない。目の前の1万と、時間割引により補正された2万との比較になる。そして補正された後に1万を下回るのなら、目の前の1万が選ばれる。

朝三暮四、朝四暮三

 ちょうさんぼし、ちょうしぼさん。トータルでは変わらないのに、名目を変えてごまかすこと。「荘子」斉物論などに見られる話。

昔、たくさんの猿を飼っている爺さんがいた(狙公)。猿マスターであり、猿と意思疎通が出来たそうな。

爺さんがなんやかんやで貧乏になり、猿のエサに困るようになった。このためサルのエサであるドングリ(トチの実とも)を減らそうとする。

「朝に三、夕方に四で良いか(朝三暮四)」と訪ねたところ、猿たち激おこ。
「では朝に四、夕方に三で良いか(朝四暮三)」と提案すると猿たち大喜び。

これは言い方を変える程度で評価やリアクションが変わる愚民共を皮肉ってるとかなんとか。

 まぁ残念ながらこんなもんであり、目の前に嫌なもんがあったら嫌である。

時間割引は、ここでの「夕方にいくつ」の部分が相当過小評価されている。殆ど見えていないと言っていいだろう。
おそらくこの話の猿たちの主観でも、「朝に三つ」と「朝に四つ」のどっちが良いかとの問に変換されている。

「トータルでは変わらない」ことが「わからない」状態。この状態ではトータルが損でも目先が得なら得と見る。トータルが得でも目先が損なら損と見る。

時間割引に影響を及ぼすと考えられるもの。

 時間選好とリスク選好が時間割引率を決めるとされている。

 時間選好は簡単に「早いほうが良い」という要素。現在により近い方を好む傾向とされる。
これ単品ならそりゃそうだと言ったところ。じゃなきゃ牛丼屋や立ち食い蕎麦は流行らんだろう。

 リスク選好はそのままリスクを避けるか避けないか。博打でもないのになんでリスクが出てくるのか、って言うと、まぁ未来を信じること自体が博打なとこあるからな。

 時間割引は当人の特性として扱われていることが多いようだ。まぁ素質はあったとしても、環境の影響も大きい。裏を返せば当人の世界観の影響は大きい。


状況や経験、世界観に依る時間割引の影響

 セロトニン神経系が割引率に影響を与える。中枢セロトニンが欠乏すると衝動的な選択が増える。同様にうつ病患者もセロトニンの不足が見られ、やはり遅延報酬に対して衝動的な選択をする率は高いとされている。

結構気分で見え方は違う可能性がある。


 公正世界仮説という、人間の代表的な信念がある。努力は報われるとか、因果応報とか、正しい行いには正しい結果を、みたいな。

これの信者は通常時は遅延報酬に対してまともな判断ができる。この信念を壊した場合、時間選好が跳ね上がった研究がある。

具体的には「信号無視の車に歩行者が跳ね飛ばされた」とする偽のニュースを聞かせる。パターンは2つ。
A:被害者は普通の一般人だった
B:被害者は麻薬の密売人だった

Aの場合は選択の衝動性が高まった。「本当にその金額がもらえるかどうかわからない」と。

Bの場合は変化なし。つまり因果応報であり、公正世界仮説は維持され、「自分にそのような事は起こらない」との結論を下す。


日々の生活に追われると抜け出すだけの頭がまわらないという話がある。

その日暮らしのスラムの人々は、合理的な判断が出来ないという話。一回分のシャンプーを買い、ボトルを買って節約しようとは考えないそうだ。

共に「未来が信じられない」。「先のことなんて考えられない気分」。自分がその時を迎えると信じられるか否か。

だから理不尽に死んだ話を聞かされた者は、「自分もそうなるかもしれない」となり、未来を信じられなくなる。日々の暮らしに追われるものは、嫌でも「今」に根付いた視点を持たねば対応できない。


 マシュマロ・テストでも初期の研究では、我慢できなかった子供たちは大抵貧しく、「大人との約束が果たされない可能性」を十分に知っているから、目の前の「チャンス」を取得することを選んだという説がある。

900人を対象としたマシュマロ・テストの再現実験では、「結果は限定的」との結論が下されている
複合的に分析したところ、将来成功するというのは、我慢ではなくて親の経済力でしかなかったと。我慢ができたのは「金持ちの子」、我慢出来なかったのは「そうじゃない子」でしかなかった。
この場合マシュマロの価値がそもそも違うし、貧しい環境では「次」がいつになるかわからないという経験を多くしているだろうと推察されている。

trust no one な世界観で利益の最大化を狙うなら、むしろ目の前の機会は確実に拾っていく方が妥当だと思える。

 つまるところ「報酬が将来本当に払われるのか」への信用値の時点で個人差がかなりある。信じられないなら目の前が優先される率は高い。
例えば何度も給料未払いをやらかした会社での仕事に身が入るだろうか。

案外信用とは、土台を支えている概念である。また、いつでも我慢をするのが正しいとも限らない。


貧すれば鈍する。合理性や知能といったものとは関係ない、メンタルヘルスや経験などのウェイトは大きい。

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