性格/人格

よく物をなくす人

投稿日:2019年4月4日 更新日:

・自分がよく物をなくす、という人は何が原因か、どうしたら良いのか。

よくなくなる物

・財布・鍵・スマホ・メガネ:つまり日常的に使うもの。

・大事なものをなくす:2通りあるだろう。鍵や財布、スマホなど生活に欠かせない頻繁に使うような大切なもの、書類などの頻繁には使わない大切なもの。

「大事なものをなくす」じゃなくて「どうでもいいものは探してもいない」「なくしたことに気づいていない」かも知れないが。物を見つかるまで探すのはそれが必要な時だ。どうでも良ければ見当たらないってだけで諦めることも可能。

つまりは探している時点で主観的には「大事な物が見つからない」という印象にほぼ必ずなる。大事なものをなくすのではなく、「大事なものだから探してる」という可能性。

よく物をなくす原因

どこに置いたかわからない・どこにしまったかわからない

この原因は一見記憶力に関係しているように見える。だがおそらく違う。

無意識に物を置く

・つまり適当な場所に置く。無意識だから覚えちゃいない。

すぐに片付けない

・これも適当な場所に置くことになる。そのうちどっか行く。

片付けた場所が思い出せない

・しっかりしまって、その場所忘れる。これは通帳や印鑑、パスポートなど「滅多に使わず、重要なもの」で発生し得る。

暫定1:置いた時手元を見てない

・よく何かを手に取ろうとして、掴みそこねたりしないだろうか?

たまにいるんだが、例えば何かテーブルの上にあるものを取る時、手を伸ばすまではそれを見ているが、手に取る頃には別の所を見ていたりする人。それは関心を引く無関係なものだったり、次にやることに関連したものだったりする。

目標達成の直前に油断する心理自体は人にあるため、誰でも当てはまるかもしれない。

物をなくすという話で言えば、置こうとするまではその予定地を見ているが、置く頃には別の所を見ている可能性。この場合直観像記憶(映像記憶)としては「置いた」記憶は元から存在していない。見てないから。

・何か思い出そうとする時、私達は「画像検索」のようなことをしないだろうか。その光景の記憶があるかないかを探るかのような。

或いは思い出した時というのは、この様な「画像」或いは「動画」の形で記憶が浮かぶだろう。

映像記憶はある種の「原始的な記憶方法」だが、それ故に認知レベルでは恐らくかなり使われている。置いた時に見ていないということは、これが機能する余地が全くない。

よく物をなくす人の性格・特徴

人・性格・特徴:つまり物をなくすパーソナリティ

・「」という問題に対して「記憶」あるいは「想起」に依って解決しようとする傾向が強い。端的に言えば「注意」に依って。或いは気合。

・集中力がない。気が散りやすい。反面、好きなことにはいくらでも集中できる傾向がある。

・せっかちである。落ち着きがない。実際の行動がというよりは頭の中が常に忙しい。

・先延ばしグセがある。それこそ「すぐに片付けない」などの。

・気分屋。仕舞う場所を決めても「ここのほうが便利」とか言って変える。優柔不断。

・横着。複数の物事をまとめてやろうとする。逆に一つのことをしっかり「完結」させる意識は薄い。

・貯め込む傾向。

物を貯め込む。結果探しものがし辛い部屋が出来上がる。
用事を貯め込む。一つ一つの要件は雑になり、忘れやすい。

・重要なのは、パーソナリティがこの状態の他にも、一時的にこの様な状態/気分の時も物をなくしやすい点。つまり誰にとってもあまり他人事じゃない。この心理的状態は単純にヒューマンエラーが発生しやすい。

暫定2:記憶力や注意力の問題だと思っている

・特に「今度は気をつけよう」と思って何度も同じものなくしてる人。

「気をつける」は注意力。しっかり覚えていようとすれば記憶力。ただ、人間のこの能力はそれほど信頼性はない。

どれだけ頼りにならないかテストしてみようか。次の動画、「白いユニフォーム」のチームが「何回パスをするか」を数えてもらいたい。

はい、要点はそこじゃないわけだ。ムーンウォークしてるクマ(に見えない)に気づいたかどうかが重要だ。

気づけたとしても、まぁ変なもっさりしたのが横切ったとかそんな認識だったり、ムーンウォークまでやってることには気づけなかったり。一度目はそんなものだろう。既に1つのタスク(パスの回数を数える)をやっている状態だと、別のことへの注意力はここまで落ちる。

二度目ではまずそこまで分かるはずだ。「あると知っている」から。

人の注意力は、何かしらにフォーカスを当てた状態が基本となる。全体に均等に注意を巡らせるというのは、訓練が必要な領域であり、思いつきでできるものじゃない。

・「集中力」の話をすれば、これは2種類あると思ったほうが良い。一般的には何かに集中してるのが集中状態ではあるが、これは「意識的に注意を向けた」と「自然に注意が向いている」とに分かれる。

例えばゲームはいくらでもやれるが勉強は続かない、というのはゲームに対して後者の集中をしている状態であり、一般にこれは勉強に対しては集中力がないと言われる。

むしろさっきの動画、「パスの数を数えてたのにクマに気づいて数えるのを忘れた」という人が一番よろしくないだろう。やろうとしたことがカウントなら、クマに気を取られるのは「脱線」だから。

物をなくしやすい人が置いた場所すら忘れることもある。その時の注意の向いた先が自分の行動ではなくて、何か別のことや頭の中に注意が勝手に向いてしまっているからだとも考えられる。

・他のことに気を取られながら適当にそこら辺に物を置いてそれを忘れないということは、この動画で一度でクマが何やってるかまで把握するのと同じレベルで難しい。もちろん、白チームがパスしてる回数を数えながらね。

まず間違いなく、「適当にそこら辺に置く」理由は、別のことに気を取られている。他を優先しているから適当になる。これには手癖でそこら辺に物を置くことも含まれる。注意が向いてないという点で。

「見れば分かる」「無くすはずがない」「気をつければ大丈夫」という認識は、実は誰にとっても砂上の楼閣だ。実際には無くす人は無くす行動パターンをする、無くさない人は無くさない行動パターンをするだけに過ぎない。

・はっきりといってしまえば、記憶力や注意力が凡人程度にあったところで、適当な場所に置くことを頻繁に繰り返していれば物をなくすだろう。

凡人がそこそこ物をなくさないのは置き場所を決めていたり、なくさないような注意点を抑えているなど、そういったコツが身についているからなのが大きい。

この辺りを注意力や記憶力と言ったスペックで補おうとするのは、ライターの利便性に火打ち石で対抗するとかそういったレベルの負け戦に近い。

つまりやろうとしている対処法が間違っている。できないことをやろうとしている。

だが実際には、無くす人は「今度は気をつけよう」、周りも言うことは「今度は気をつけろ」と反省や指摘が根性論で終わっている。意志力の過大評価。

よく物をなくす病気

・該当するのはADHDやADDと呼ばれる発達障害だが、この場合は定型発達者(=発達障害じゃない人)もやるようなミスの頻度がより高い傾向にある。遅刻とか、物をなくすとか。余計にだらしないとか気合の問題だと言われるみたいだが。

特徴は不注意や衝動性で、忘れ物に繋がる余地は十分にある。特に不注意傾向の特徴として「よく物を無くす」ことは挙げられている。

思考・判断の制限時間

・後天的な思考・判断の癖で「衝動性」に似たような症状になることはある。
「先延ばし癖」のある人間の症状として以下のものが挙げられている。

ヒューマンエラーの増加

視野が狭い

目先のことを優先して他が疎かになる

つまりはそそっかしくなる。この上で熟考方略(よく考えること)をしなくなることが更に挙げられる。「十分な時間があっても軽率な判断を下す」傾向が高い。

言い方を変えれば「あとで困るのにちゃんとやらない」。忙しくもないのに手元に持ってるものはそこら辺に放り投げるだとか。

この原因の1つが完璧主義であること。完璧であるためにはやることが多い。その果てにせっかちになってしまった結果。

完璧主義にもいろいろ種類があるが、中でも「理想は高い、しかし実現可能とは思っていない、かと言って理想を下げることもできない」状態に多い。

物をなくさないための対策

・まず、「」というのは、細かいことを言えばアクションスリップに該当する。先程述べたヒューマンエラーのこと。

これは分類がされており、物をなくすのは「ラプス=記憶違いや物忘れ」に該当する。

ただ、「後で片付けよう」と適当なところに一時的に置いて忘れるのは一見ラプスだが、そう考えた事自体が間違いでさっさと片付けるべきであるため「ミステイク=判断・行動そのものが間違っている」に近い。

・根本的な話、気合や根性や記憶力でアイテムの場所を覚えていようとするのは非常に無理がある。

人間の集中力が8秒(これは信憑性が怪しいが)、自由意志に至っては0.2秒だとする説すらある。それ以外はオートだ。「自分が自動的にどう動くか」を気にする必要がある。

マルチタスクをやめる

・マルチタスク(ながら作業)はただでさえクオリティを落とす。先の「物を手放す時に見ていない」なども該当する。あとはクマ動画の件も。

意識が向いているものに対して、人は確かに優秀なことが多い。それ以外のものは予想以上に駄目になっている。

意識を向ける、あるいは「集中」という言葉は、なんぞ脳のスペックでも上がるかのような錯覚をもたせる。だが実際には他を切り捨てて浮いた分を、継ぎ足しているに過ぎない。

何かに気を取られているということは、その分今やっていることに注意が向いていないことを指す。

この上でそれほど問題が発生しないのは、ある程度パターンが決まっているからだ。

寝ぼけながら、あるいは今日一日のスケジュールを考えながらでも、歯磨き粉とワサビを間違えたことはないだろう。これは別に注意力があるからじゃなくて、置いてある場所が全く違うからだ。隣においてたら可能性はある。「いい加減な場所に置く」ことはこういうことだ。

というか歯磨き粉と洗顔フォーム間違えた話は聞いたことある。

置く場所を決める

・他の場所には置かない。適当な場所に無意識に物をおいた時点で無くすことは確定する、と思っておいたほうがいい。用心するために。

そこが規定の位置でない場合は「片付いていない」と捉えるのが妥当だが、よく物をなくす人は手放した時点で「終わった」と安心し、忘れる。

ツァイガルニク効果と言って、中断したり未完了のタスクは頭が勝手に覚えている事が多い。ただ「終わった」と思ってしまうならこれは働かない。

・「大事なものをしっかり片付けてその場所を忘れた」というのも、元から保管場所が決まっていない事に由来する。その時に始めて場所を決めたなら、習慣付けとしてはまだできていないわけで。この場合は続けるべきだろう。

・定位置がないなら「置き場所の正解」を今まで作ってこなかったとも言える。この状態ならどこに置いても「間違い」になる。

・置き場所の候補だが、例えばそれを無くした時に自分が真っ先に探した心当たりの場所。これは適正がある。元からそれがありそうな場所と認識しているということだから。

ただ、財布と腕時計と眼鏡と鍵か。毎日必要になるこの辺りはひとまとめにしたほうが楽だろう。

・分類が細かすぎると混乱するかもしれない。よく物を無くす人の方が、コートやカバンのポケットをフルに使う傾向が、知ってる限りは強い。全部に何かしら入っていて、物を探す時全部引っ張り出す感じの。

わかりやすく大きなカテゴリで全部1つにまとまってた方が楽そうに見える。

アクションスリップと物をなくすこと

・アクションスリップの種類に「場面行動本能」というものがある。こういう時にはこうする、という行動パターンが思考や意思決定などをすり抜けて本能的反射的に実行として出てしまうこと。

なかなか克服できるものではなく、例えば何か落としたらすかさず拾うだろう。これが出てしまい、高所作業員がうっかり落としたものを反射的に拾おうとしてそのまま自分も落ちたなんて話があるくらいだ。

基本的に「適切な行動」とは「場面と合致していること」であると言える。場面行動本能と言っても、「場面」ではなく「出来事」しか見ていない。ここでの「落としたから拾う」みたいな。

・これは対策として「事例を知る」こと、そして「人間はこの様な反射的行動を取ることがあること」を知ることが有効だとされている。

物を無くすという点で見れば、大きな原因は適当なところに置くからだというのは間違いない。よく考えた熟考の果てに適当な場所においているわけもないだろう。

頻繁にこうなるということは、状態としてはこの様な場面行動本能的に適当に持ってるものをそこら辺に置いていると思われる。

「持ってる物をとりあえずそこら辺においてアレをやろう」。

「そこら辺に置く」ことのリスクを知る

・アクションスリップが発生しやすい原因の一つに「危険軽視」がある。そのままリスクの軽視。

他には「近道・省略行動本能」。これは「楽をしたい」という動機でいい加減なことをやること。/後回しにも通じる。適当にそこら辺に物を置くことそのものだろう。

・適当にそこら辺に置くことは、リスクしかない。

第一に、片付けるなら「あるべき場所」に再び置き直すことになる。この時点で二度手間だ。

第二に、次に使うか片付けるまでは「適当においた場所」を覚えている必要がある。忘れたならば、それは「なくした」ということだ。この時点で「覚えてなきゃならない」という別のタスクが発生している。

定位置ならば忘れても問題がない。定位置にあるから。逆を言えば適当な場所に置くことは、「忘れたら問題になる」ことをしていると言える。

・つまりそこら辺に適当に置くことは、手間を増やし、覚えなきゃいけないことを作り、そして「忘れる=無くす」と言うリスクをわざわざ発生させている。

「物の定位置」=「置いたことを忘れてもいい場所」

・逆を言えば、「有るべき場所」を設定し、そこに置くことさえすれば、手間は正当な一回分、そしてそこに置いたことは「忘れてもいい」わけだ。有るべき場所を見ればそれがあるんだから。

・この「あるべき場所」へ「すぐに置く」ことは無意識的に行われるようになれば、そのアイテムはまず無くすことはない。

気分で置き場所を変える行為は、この努力をリセットする行為だ。

無意識を味方につける

・無意識に物を置くことが「犯人」だと言っても過言ではないだろう。逆に、無意識に「あるべき場所」に物を置くなら優秀なサポートだと言える。

アメリカ空軍が行っている行動の習慣付け方法がある。鍵や財布など日常的に持ち歩くものには有効だろう。少なくとも家の中ではなくさない。

空軍では基礎トレーニングを徹底させるために、以下の方法を取ります。

・司令官が照明を点けたらベッドから飛び降りて、ベッドメイキングを数秒で行う。
・ベッドに戻るように伝えられて照明が消される。

これを繰り返します。
重要なのは10~20回ほど連続で繰り返すこと。すると体が覚えます。

これを利用して、家に帰ってきたらコートをかける癖をつけるために次の行動をとります。
・家に入る。
・洋服ダンスまで歩く。
・コートをハンガーにかける。
・そしてまたコートをつかんで外に出る。

これを10回ほど繰り返します。すると今まで帰宅したらコートを投げていた反射行動が、すっかり入れ替わるというわけです。

http://labaq.com/archives/51906139.html

とてもわかり易く「身体で覚えろ」という方法。「ちゃんと片付ける癖」を身につければいい。そのためには「置き場所」はちゃんと決めておく必要があるが。

別のことにも言えるが、悪癖の抑制ではなく、まともな癖での「上書き」は建設的だと思うね。

諦める

・モノにもよるが、諦める選択肢もある。

子供がADHDで消しゴムをよく無くす。母親が取った解決策は、消しゴムを箱買いすることだった。そんな話を見たことがある。

局所的な解決法では有るが、緊急性が高い場合には考察の余地はあるかもしれない。

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