心理的安全性について

・チームのパフォーマンスを高める土台。

基本的には個人の特性ではなく環境要因として語られる。チームの空気とか雰囲気とか。

・需要としては、部下に積極性が見られない、受け身的な従順さが強すぎて「協力的」ではないなどの原因と解決にはつながるだろう。

ルーチンワークで済むような場面ではなく、先行き不透明な状況で多くのアイデアや情報、そして協力が欲しい場面で必要になる。

・先に言っておくと、これは対人不安とそれが和らぐ環境づくりの話に近い。不安感は人が元から持っている要素もあれば、環境が明らかに「自分を出すな」と思わせるものもある。

安心感からの自発性と積極性の話。このため権威主義とは相性がかなり悪い。

心理的安全性とは

・グループの中で自分の意見を主張しても安全だという安心感や信頼性。

心理的安全性が高いチームでは、メンバーがチームに受け入れられている/尊重されていると感じることができる。

心理的安全性の概要

・心理的安全性は組織行動学(特に即席チームがパフォーマンスを発揮することの研究)のエイミー・エドモンドソンが1999年に提唱した心理学用語。英語では psychological safety 。

チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態と定義される。

エドモンドソン自身は「このチーム内では、対人関係上のリスクを取ったとしても安心できるという共通の思い」としている。

これを作ることがリーダーの重要な仕事だとされているが、実体はお察し。

・心理的安全性は、グーグルが2016年に「生産性が高いチーム」は心理的安全性が高いと発表したことから注目が集まっている。

・端的に言えば発言することにリスクがないという暗黙の了解。言うべきことを言うことにリスクがないといちいち「注意を払うまでもなく共有された状態」とされている。

このためそのように明言する、ルールを決めるなどは必ずしも効果があるとは限らない。上司が「無礼講」つっても部下は遠慮するものだろう。

言い方を変えれば、「発言してもデメリットはない」という信頼により作られる雰囲気であり、指示や命令で即座になんとかなる部分でもない。

・このチームは自分の考えをちゃんと聞いてくれるという信頼でもある。信頼は実績の積み重ねによって作られる。

・反対に心理的安全性がない上で責任やプレッシャーがあるほどに、人の不安は増加するとエドモンドソンはしている。

なおこの状態だと改ざんや嘘などの不正が増える。「わかっていたけど黙っていた」ということも増え、結果不祥事がメディアにすっぱ抜かれるなども。

心理的安全性の効果

・後述するが、元から人には萎縮や遠慮をする余地がある。それがあるほど情報交換や意見交換は遅延する。発せられないまま消えた意見もあるだろう。
心理的安全性があるのなら、これら元からあるデメリットが緩和される。

・始めに心理的安全性が注目を集めた理由は、発言の自由さと学習の向上に関係があるからだった。

加えてトライ&エラーが許される環境(=挑戦と失敗とやり直しが許容される)であれば、学習の理解がさらに早くなる点もあった。

・新人が自由に気づいたことを発言できる空気を作っておくことで、チーム全体の学習が促進されるという研究もある。

教えることは勉強し直す側面があるし、「当たり前」になったことを改めて言語化、意識化する機会にもなる。

・嫌なことは嫌と言えるので、パワハラやセクハラのリスクを減らす。

・自発的に関わった分、仕事に対しての積極性や責任感が生まれる。

・コミュニケーションが円滑になり、相互補助の空気ができるため、チームの生産性が上がる。

積極性や自発性にまず安心感が必要

・心理的安全性と並べてよく話に出てくるのがボウルビィの「心の安全基地」という概念。セキュアベースという名でビジネスでも語られる事がある。上司が部下のセキュアベースになろうみたいな。

幼児なら親、ペットなら飼い主が安全基地となりやすい。これらを帰る場所として、周囲の探索をする。危険や不安を感じると安全基地に戻り、危機がされば再び探索に戻る。

つまり安全な場所があるから外部に関心と積極性が生まれる。安全基地がない場合、常に身を守ることが優先されるのは道理だろう。

・心の安全基地は心理的安全性の説明自体にも使われる。子供にとっての安全基地が、組織や集団における心理的安全性だと。

何が不安/危険なのか

・安心とは、不安や危険がないこと。

安全性が求められるのだから、そこには何らかのリスク懸念がある。大前提として、人は容易に傷つき、些細な事を恥だと思いやすい。

まぁどう考えても仕事において挑戦と失敗とやり直しが許容される場面はレアだろう。許容されたところで、完璧主義のように自分が失敗したくないと思ってれば意味はないし。

ネガティブフェイス

・ネガティブフェイスは「他者と距離を起きたい(=自分の自由を保ちたい)欲求」とされ、自己開示とは反対の欲求となる(自己開示抵抗感)。

不可侵欲求とも訳される。邪魔されたくない、立ち入られたくない。自分の考えを口にすることをためらう心理は、元からある。

拒否回避欲求

・拒否回避欲求は承認欲求の一つ。相手からの拒否に限らず、失望や落胆をされたくない、嫌われたくないという気持ちを含める。

「悪い評価を受けたくない」という心理もここに入る。自分の意見が否定されたら。バカだと思われたら。などなど。

一貫性と責任感

・自分の言動に一貫性を持たせたいとか、言ったことには責任を持たなければならないと思う人は、その分口が重くなる。

「意見を変えてはいけない」という誤信念は根深いものがある。

ストーカーみたいな粘着力で「あの時ああいったじゃん!」みたいなこと言ってくる奴は事実としているのだが(この言動も心理的安全性を損なうだろう)。

・「確実なことしか口にしたくない」という人もいる。

推理小説とかで、犯人の目星がついたのに「まだ証拠が足りない」と言って詳細を語らないキャラとかいるだろう。あんな感じ。

・これらは結構なことではあるが、「アイデア出して」って時に「『答え』しか言っちゃいけない」と思っているわけで、状況に対して不適応なのも事実だろう。

単に苦手分野という話。

・前にもどっかでやった気がするが、「今の所はこう考えている」とかそう言う言い方でなんとかしてけばいいと思うよ。事実だし。
この言い方は、新しく意見や情報を受け付ける余地を感じさせるから、マトモな方だろう。

(逆を言えば言い方だけで心理的安全性を駄目にできる。特に「自信があるように見せる振る舞い」として言われているような「強い言い方」はだいたい周囲にマイナスになる。)

セルフで心理的安全性が低い人

・これら意思表示への懸念となる要素は、一般人が持ち合わせるものだ。
特にそれが強い場合には、多くの者が心理的安全性を感じる空気でもまだ不安、ということはあるだろう。

気にしていることがあると注目を集めていると感じる

・元から人には「人にどう思われるか」を気にする心理がある。

加えて自分に何か気にしていることがあると過度に注目を浴びている気がしてきて、尚更萎縮する(スポットライト効果)。

ほとんどの人が元から自分が意見を言えてると思ってない

・文化庁が発表した平成28年度の「国語に関する世論調査」によれば、「積極的に意見表明する方か」との問には半分がNOと答えている。

さらに「日頃の人間関係と切り離して意見を主張できるか」にYESと答えたのは21.6%しかない。

他の国のことは知らんが、少なくとも日本人は心理的安全性が保証された上で積極的な発言を求めても、「誰か何か早く言えよ」と思いながら黙っている可能性は結構ある。パーソナリティとしてはね。

チームやグループへの貢献の欲求なども存在するから、それほど酷いことにもならんと思うが。

自力に拘る人

・「自力に拘る人」は心理的安全性は低い。動機が「やらなきゃいけない」の場合は特に。

そうじゃなくとも周囲の助けを求めない/拒絶するため、勝手に孤立する。ちなみに完璧主義に多い。

心理的安全性のメリットの一つが個人ではなくチーム全体の活発な相互補助であるが、その中に入らない。

心理的安全性を損なうとは言えないと思うが、少なくとも心理的安全性の恩恵をまったく受けない。

・「この期間までに目処が立たなかったら素直に相談しよう」みたいな締切は用意したほうが良いだろう。

ただ内心で「自分は助けてもらえない」「独りでできなきゃ自分に価値はない」と思っていることも結構多いため、そこから何とかする必要があるかもしれないが。

心理的安全性がない環境や要素

・心理的安全性がない職場とか、リーダーにしてはいけない人とか。

・チームワーク(全体最適)の話だからね。それの邪魔をする要素だから我欲(部分最適)の要素が強い。
これらの反対が職場の雰囲気を良くする人だろう。

空気を読む風土

・はい日本全滅。意見を述べれば「水を差すな」と言われそうな状況がやたらと多い。後述するが、機能不全家族の纏綿状態にかなり似ている。

「空気」自体は必ず発生するものだが、それに対してメンバーに積極性がない。チームの大多数が誰かに「合わせよう」と考えている受動的な状態であり、自発性と対極をなす。

・日本のマネジメントの主流が「察しろ」「空気読め」だとの指摘はある。
評論家の山本七平氏は「日本人の思考や行動は空気(=妖怪)という目に見えない圧力に支配されていると指摘している。

「黙っていたほうが得」だと思うに十分だろう。逆を言えば発言にリスクがある。実際に良質な意見を言った所で「目をつけられる」こともある。

・なお日本国内での調査でも、心理的安全性が高い方がいい成果を出せるとのこと。

つまり日本のやり方が世界に遅れる原因であり、そのやり方を続けていても生き残れないという陳腐な結論となる。

・バンドワゴン効果と言って、「流行に乗り遅れたくない」「勝ち馬に乗りたい」みたいなバイアスが人間にはある。流れに乗りたがる、多勢に与したい心理。

これも意識している対象が自分でもなく、チームの目標でもなく、「空気」なのでだいぶアレ。

生存のための本能にも見えるが、出番じゃないのに出しゃばる。そうだとするなら生存本能が出ちゃうくらい発言することに緊張していることにもなる。

カテゴリ錯誤、あるいは固執

・「それは関係ない」「これは駄目だ」という拒絶の要素。人は自分の専門分野にはそれなりの自信がある。そして縄張り意識もある。自惚れと警戒心から排他的になる素地はある。排他的な人間は、基本的に変化を望まない。

専門意識 縄張り意識

バーバラ・ナッターソン・ホロウィッツ曰く。馬を診る獣医は、雌馬が産後に子馬を無視し授乳を拒否することを知っている。蹴り殺すこともあるらしい。
獣医達はこれが血中のオキシトシンと関わりがあると発見した。

ホロウィッツは人間も産後に同じようなことになることがあるため、この情報は産後うつや精神病を扱う人間の医師に手渡されるべきではないかとしている。

しかし実際には両者の間には大きな隔たりがある。理由の一つは、人間の医師の中には獣医を下と見る者がいるからだ。実際には獣医は鳥も爬虫類も魚類のことも勉強しているので優秀だったりするのだが。

一方で獣医たちも「一つの種しか見れない獣医を知ってるか? それは人間の医者さ!」なんつったり言わなかったりしているようで。

・真面目な話、このような排他的な対立は異業種間に限らず、ブルーカラーとホワイトカラー、貧乏人と金持ちなど安直な二極間でも非常によく見る。

例えばブルーカラーはホワイトカラーに対して「俺たちが商品を作ってるんだ。お前らに生産性はない」と思っているし、ホワイトカラーはブルーカラーに対して「組織や経営のことを何も知らない働きアリが」と思ってる。ここまで極端でも無いかも知れんが、言ってる所はこんなこと言ってるのも事実だな。
協力どころじゃねーな。会社という全体最適で見たら、右手と左手が殴り合ってるような状態になる。

この安直な二極の根底は「内と外」という意識だろう。「内」が相当に狭いから、無駄に排他的になる。つまり過剰な仲間意識が、それ以外への排他的な態度となる。やはり機能不全家族の纏綿状態に近い。

ちなみに集団を二分し、対立を煽るのは工作員が使う手だとかなんとか。打算型のスケープゴーターもやるだろう。

・勝利条件を共有しており(あるいは少なくとも排他関係にはない)、会話が成立するなら協力しあえると思うんだけどね。本来は。

優劣や勝敗しか頭にない奴らは「協力」においては必ず邪魔になる。どっかで出番はあるかもしれないが、ここじゃないな。


・反対に謙虚であればアイデアやヒントはかなり増える。

例えばバイオミメティクスという概念がある。自然界からアイデアを得た人間の発明の数々。

「痛くない注射針」は蚊を参考にしている。

ハイテク競泳水着にはサメの肌が参考されている。

新幹線はカワセミのクチバシを参考に設計された。

ドローンは回転しながら落下するカエデの種のデザインが取り入れられている。

マジックテープはゴボウの実から着想を得ている。やたらと服や犬に引っ付くこれはどうなってんだと顕微鏡で見たら、鉤状だったことから。

過度に真面目な人

・アイデアの反対が頭の固さなことに異論はないだろう。

・エイミー・エドモンドソンは特に即席チームやVUCA(先行き不透明/予測困難)時代におけるリーダーシップの研究者だ。つまり、未知の領域が相手で、仲間の知識や能力も未知数な状況。

これに対処するにはアイデアと率直な意見交換は求められる。規定されたフレームの中で決められたことだけ頑張ればいいと考える「真面目な人」とは相性が悪い。

つまり日本人のステレオタイプと心理的安全性が基本的に相性が悪い。

・真面目さは、簡単に言えば「こうしてないと怒られる(または良くないことが起きる)」みたいなネガティブな認知が由来であることがかなり多い。危険予測などには必須の考えだが、度が過ぎてるなら強迫観念に近い。

一部のルーティンに拘る人間も、そうじゃないと「何か」が起きそうで怖いとの認知をしている。だから「これなら大丈夫」と思えることしかやらない。それが真面目さに見える。

この行動パターン自体が、心理的安全性が感じられない人間のものである(別に悪いとは言ってない。本当にそのような状況ならば、それは正しい)。

・排他的。自分の基準で「これは関係ある」「これは関係ない」とジャッジしがちだから。つまり他人の「率直な意見」あるいは他業種の話などの「使えるかもしれない情報」に対して何も考えず否定しやすい。活かすつもりがない。

加えて権威主義的な性格なら、上司の意見の支持者に即座になる(太鼓持ち)。ブレストには邪魔だろう。

頭が固い人/スプリッティング(白黒思考)

・白黒思考は心理学ではスプリッティングと呼ばれることもあり、認知の歪みの一つである。「統合の失敗」と説明される。

例えば世の中には善人と悪人しかいないというのがスプリッティング。グレーゾーンの存在や「良いところと悪いところがある人」などの細かい理解ができない/しないから、白か黒に無理やり決めつけてわかったふりをする。

・成功か失敗かの二択も白黒思考であり、頭の固さにつながる。現実には失敗作が商品となった例もある。

ポストイットに使われるノリは、強力な接着剤の研究の中で出来上がり、「よく着くが、すぐ剥がれる」として初期は失敗とされた。

その後、賛美歌に挟んであった栞が落ちるのを見て、その接着剤を栞に使うことを考えつく。さらにメモとかに使えるんじゃないかということでポストイットに。

失敗として片付けず、「何かに活かせないか」と気にしていたからこその発明となった。確かに「強力な接着剤」という研究には毛ほども貢献していないだろうが、有力商品が生まれたのだから会社的な正解ではあるだろう。

なお会社的には恐らく狙い通りの結果だ。環境として、開発者のスペンサー・シルバーとアート・フライの所属する3Mは、勤務時間の15%をビジネスの役に立つなら自分が興味のある研究やプロジェクトのために使っていいという「15%カルチャー」が不文律としてあった。両者はこの時間を使ってポストイットを開発している。


・不真面目で良いこともないが、逆ならいくらでもOKってわけでもない。グーグルや3Mは独創的なアイデアのために「仕事以外のことをやる時間」を用意している。

・そもそも自称真面目な人間の中には、ただ単に因習的なだけの人間が相当数含まれている。

因習的な人間が、独創的なアイデアを「不真面目だ」と批判するという、非生産的な事案はあるのではないか。

性格が悪い

・言葉を選ぶのがめんどくさい。普通に嫌われている。面白いことに、嫌われる性格と心理的安全性を損なう性格はだいたい共通する。

露骨に心理的安全性を脅かす者は存在する。狙ってやる。対人的な何らかのトラウマ持ちにしても、このような者が原因であることが多い。

他者の心理的安全性を最小にして、自分の心理的安全性を最大化しようとする。これが好きらしい。
当然今回の話はチームの心理的安全性のため、存在価値はマイナスになる。

・細かく分ければ腐るほどあるが、一点だけ押さえればいいだろう。攻撃的な干渉が他者の心理的安全性を損なう。

ニューサウスウェールズ大学、組織行動学のウィル・フェルプスによれば、攻撃的な干渉者がチームに居ると、生産性が30%から40%は落ちる

これが心理的安全性が損なわれたからだとするなら、それを解消すれば生産性は30%から40%回復するということになる。

・性格が悪いとされる者は全体的に特別な理由もなく他者に対して攻撃的、支配的、操作的であり、これらは「悪の気質」と呼ばれる要素を持つ者が好んで行う。

が、一般人もなんかチャラいノリでやったりすることあるので。まぁみんな潔白ではないだろう。後悔したり自分を恥じたりする分だけマシだろうけど。

威張りたがり

・これは「上下関係を過度に気にする性格」ということ。この上で自分が社会的に上の立場だとこうなる。

自己愛性人格障害とかがベタな例だが、自分が上だとアピールするために人前で叱る、侮辱するなどを好んで行う。同じ行動は交流分析だと「さあ捕まえたぞ!」という名のゲーム(偽物の感情を獲得して終わるお決まりのやり取り)とされる。

特にリーダーが「舐められたらおしまい」というチンピラ理論の信者の場合にこれはかなり目立つ。威嚇パトロールと怒鳴り込みが日課の人種。

・エドモンドソンが語るリーダーに必要な資質がまったく反対のもので、無知の知(わからないものをわからないと知る)は必要だし、率直な(双方向の)コミュニケーションが取れる必要があるとされる。

特にリーダーは答えを知っているふりをするなと言われている。

「十分な知識がないのに、答えを知っているふりをしてもなんにもなりません」

「知っていることは共有し、知らないことは知らないと認めるのです」

悪い意味で競争意識が高い

・生きてるだけで周囲に「勝ち負け」「優劣」を意識させる。時には勝手に競って勝手に勝利宣言したりするので不快すぎて嫌われている。

・他人の失敗を待ち望んでいる。口で何と言っても顔に出てる。この者が場にいる限り心理的安全性はなくなる。

・こういった人間が出来上がる背景として、「競争意識を煽れば生産性が上がるだろう」という支配者層のイメージが挙げられている。親が兄弟姉妹をライバル視させようとする向きもあるな。

ゴシップ好き

・マトモな人間はこれに対して「こいつ影でこっちのこともこんな風に言ってんだろうな」と思う。当然自分をさらけ出そうとは思わない。こいつの前では失敗はしたくないだろう。当人に話がいかないのが不思議なほどに、裏で警戒されている。

この者が場にいる限り心理的安全性はなくなる。ネタにされるため挑戦や自己表現のリスクが上がる。

・自分が何をエンタメとして消費しているかは、振り返ったほうが良いだろう。暗い笑い、暗い喜びを感じるセンスは、元から人に備わっているので。無自覚に野放しだとどこまで育つかな。

からかいがコミュニケーション

・笑いものにする、即ち嘲笑、軽く言えば「からかい」だが、親が子供をからかうような人間だと、子供はひねくれる可能性が高いという指摘もある。

根本的には内容が侮辱に属する上で、「笑い話」つまりはシェアしやすい形態を取るのでクッソ警戒される。

・いじりやからかいが「愛情表現」という輩が割といるが、言動が不快で有害かつ醜い時点で許容されるわけがないだろう。アッパー系コミュ障。

仲良くなりたかった相手に避けられる/嫌われる人生なら、まぁ黒かもしれない。冗談抜きでそういった交流しかできない人間がいるが、深刻な状態だからカウンセリング行け。

心理的安全性を高める方法/心理的安全性の作り方

・誠実に振る舞い、裏切らず、それを継続すれば良い。まぁ無理だろう。

・どうやったら心理的安全性が高まるのかは、明確な答えは殆どないとされている。自他の心理の把握や管理は難しいため、全体的に「言うだけならできる」というレベルの話ばかりだと。

・大前提としてはこれは対人不安の話なので、対人リスクを排除しなくてはならない。人間関係(上下関係を含む)に限らず、発言そのものに元から人はリスクを感じている。人が発言に対して感じる対人リスクは、

  • 無知だと思われる
  • 無能だと思われる
  • ネガティブだと思われる
  • 邪魔だと思われる

とされる。

この時点で流れを自分の思い通りにしたい奴、自分が有能だと証明したくて馬鹿にできる相手を探している奴、ポジティブキチガイな奴は対人リスクを上げる。

・特にポジティブキチガイは表面上よろしいとする奴が多いためかなり厄介だ。
機能不全家族の特徴の一つに「家族の問題を口にできない(公然の秘密が存在する)」がある。

問題がないふりをして明るくなくてはいけない。そういった「振る舞い」の暗黙の強制であり、そんな家庭で育つとアダルトチルドレンになる。クラウンが有力候補だろう。ポジキチ自身がクラウンっぽいが。

ポジティブの強制はチームの空気をこれと同じにする。機能不全家族。本音を言えない。心理的安全性はない。問題を議題にしないから対応もできない。問題はないと言いながら終末を迎えることになる。集団自殺するカルト団体かな。

楽観と前向きは違う。現実の問題を把握した上で前向きであること(解決するつもり)が望ましい。世間で言われるポジティブはどちらかと言えば楽観寄りで、問題の存在を否定したがる

問題を課題や宿題と言えばわかりやすいか。宿題あるのに無いって嘘ついてやらないのはサボり以外に無いだろう。

・その他の3つだが、有力なのは全員に平等に発言の機会を与えることか。「特に無いです」っていつも言われても毎回。どうせ意見はないんだろうと飛ばすようになると、それが「見せしめ」になるから他にも悪影響になる。

心理的安全性の高い組織はぬるま湯組織なのか


・「馴れ合いになってはいけない」とはされているね。元々チームの生産性が欲しいって話でなあなあな関係になっては本末転倒である。確かにくっつきすぎも注意が必要だ。

・心理的安全性は「議論や意見交換ができる空気」を作るためであり、発言することが必須だ。

時には意見の衝突が起きるし、そうでなくてはならない。毎回初手で満場一致になることを是とするなら、意見なんて言わないほうが良くなる。つまり「異議なし」を求めることは心理的安全性を下げる。「安全に議論ができる場」の用意でなくてはならない。

・はっきり言ってしまえば、それを望まないリーダーの方が多い。いわゆる縦社会が価値観のベースのことが多く、対極にある「発言権が誰でもある」という心理的安全性が高い場を作る意欲は、口では心理的安全性を高めると言っていても恐らく実際にはそのつもりはないことがほとんどだ。

「他に意見はありませんか?」という質問が実際には「他に意見はないだろうな」と脅しの意味で言われていたり、まぁそう聞こえてたりするわけで。

ダブルスタンダード(二枚舌)やダブルテイク(言葉に二重の意味がある)は間違いなく心理的安全性を下げる。言ってることが信じられないんだから当然だろう。詐欺にしか聞こえないはずだ。

・仲だけが良い、生産性が低い組織はぬるま湯組織なんて言うそうな。

似た話で、機能不全家族には纏綿(てんめん)状態と呼ばれるものがある。家族メンバーが一つの塊のように融合している状態。纏綿は「絡みついている」という意味。

一見すると家族仲がいい。実際には相互に依存心が強く、些細なことで家族全体が動揺し、問題は水面下に押しやられているだけで不満や不安などは高いとされる。

家族のサブシステム(夫婦や兄弟、親子など)の境界が曖昧になり、自立性が失われている状態。

つまり、誰も責任感がない。問題意識もない。派閥のように特定のメンバー間で密着性が高まり、それ以外と離反することもある。

家族も集団の一つだから組織論との相性はやっぱいいな。

メモ

・グーグルが2012年からスタートした、成功し続けるチームに必要な条件を探る調査(プロジェクト・アリストテレス)の結論は、「5つの柱」があることだった。

  • 心理的安全性
  • メンバー同士の信頼性
  • 構造と明瞭さ
  • 仕事をする意味(個人にとっての意味)
  • インパクト(自分の仕事の貢献度の可視化)

TED:エイミー・エドモンドソン

他人同士の集まりをチームに変える方法

危機におけるリーダーの在り方とは

心理的安全性のデメリット

・あんまないけどね。心理的安全性は多くの者にとってはあった方が良いものではあるだろう。

・根本的なことを一つ。性善説が前提になっている所はかなり気になる。性格悪いのがいると崩壊する。

そもそも管理サイドがどうしてやたらと下を縛りたがるかって言ったら「自由を与えたらアイツラ何するかわかんねぇから」というのは確実にある。

クソ校則を始めとしたルールが代表的だ。確かに形骸化し、時代に合わない今となってはバカルールになったものはある。これを変えようとすると「何するかわかんねぇから」で却下されるという話は多い。とかく、自由に値しない無責任だと思われている。信頼されてないわけだね。

で、実際に信頼に値しない、自由に値しない輩はいる。私の個人的な国内三大胸糞事件の内二つは未成年に拠る犯罪だし、そういった歴史を考えればクソ校則が現存し、変えたくもないというのはわからなくもない。またルールの由来や存在理由を考えずに「攻略」しようとするのも実際いる。マトモな奴が割を食ってるのも確かだが。

・ちなみに未だに生徒に拠る教師への傷害事件とかあるし、学校によってはかなり多い。逆はよく取り上げられるんだが、「よくあることはニュースにならない」とは知っておいたほうが良いだろう。

で、この信じられないから支配していたいというのが完璧にコントロールフリーク(仕切り屋。完璧主義に多い)だし、これは人間不信でもある。支配者側にも心理的安全性がない。隙を見せたらどうなるかわからないと思っている。

加えて20人に1人は天然で信頼を裏切る

・閑話休題、性善説は大抵、性悪説的な人間に破壊される。要するにここまで述べてきたような人間の本能的な承認欲求や対人恐怖の問題は出やすい。

「自由」という言葉を聞いて「何をやっても良い」と解釈するバカもいるし、「罠だ(好きにやったら恥をかく)」と思う者もいる。

ギバーとテイカーの時にも思ったが、組織論的な話では性善説的なものが多い印象がある。人の本能レベルの悪の面はあまり考えに入っていないような。

性善説というよりも、人が理性的であると思いすぎていると言った方が正確か。そんな印象を受ける。

ただ、協力を期待し誠実に振る舞い、どうしようもない者には次からは期待しないと繰り返していれば良いだけの気もするが。

奇しくも適応的なギバー(与えるもの)が、相手がテイカー(持ち去るもの)だと思ったらマッチャー(公正を求めるもの)に切り替わるという話と同じになる。

気になることがある場合、サイト内検索をしてみてください。

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