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シャーデンフロイデという心理と、条件、理由など。

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・一言で言えば、「ざまあwwwwwwww」という気持ち。
「他人の不幸でメシがうまい」「他人の不幸は蜜の味」というのが近いとされている。

日本でも論文があるくらいには周知されている。

・ライバルが脱落したから、というのともちょっと違う。その様な単純な競争主義的悪意よりかは繊細だ。

「悪いやつが痛い目にあったのを見た時」の場合もある。その悪いやつ判定は勝手に行われるが。

シャーデンフロイデの意味

・ネットスラングではなく、ドイツ語として元からある。Schaden(不幸) freude(喜び)。他人の不幸を喜ぶ気持ちや、他人の不幸を見聞きした時に生じる喜びを指す。

シャーデンフロイデが生じる条件

  • そいつの自業自得である(それ相応の理由がある)
  • 深刻ではない
  • 自分が手を下したわけではない

この3つが、シャーデンフロイデが発しやすい状況として挙げられている。

・この3つを必ず満たすとはされていない。

例えば「ダーウィン賞」がある。

チェーンメールの一種とされ、内容は「バカが自分がバカなせいで自分から死んだ。遺伝子プールから自らを削除して偉い」というブラックジョークだ。

事実ダーウィン賞を与えられるのは、「酒飲んでてもこんな死に方しねーよ」と思うようなものが確かに多いのだが。まぁググってみればあっさり出てくる。

この場合、「深刻ではない」というのは明らかに当てはまってはいない。死んでるから。反対に他の2つには確実に当てはまる。この上で「こんなバカがいたらしい」みたいなノリでシェアされるわけで、シャーデンフロイデの要素はある。

まぁ何がシャーデンフロイデとなるかは個体差はあるだろうという話。

復讐心、嫉妬、正義。あと男女差。

・妬みの感情があると、シャーデンフロイデが発生しやすいという仮説があり、研究によりいくらか肯定されている。ただし男性が対象かつターゲットも架空の男性像。

ここでの妬みとは、「他者が自分より有利な状況であると知覚することによって生じる不快な感情」と定義される。なお、自尊感情が低いと嫉妬心は抱きやすいとされる。
(男女ともに自尊感情が妬みの感情を抑制するとされている)

別の研究でもやはり、同性だと妬み感情が強まり、シャーデンフロイデは増す傾向にある結果となっている。ただし異性の場合は予測に貢献しなかった。

・一方で妬みとの関連が見られず、憤慨や敵意によりシャーデンフロイデが発生するとする研究もある。こちらは70%が女性、かつターゲットは架空の存在、かつ性別は固定されていない、あるいは明示されていない研究だったそうだ。

ターゲットが同性か否かは結構大きな影響を与えると考えられている。動物としてみても、同性にライバル心は抱きやすいだろう。

何れにせよ、攻撃性と相性がいい感情をずっと持っている状態で、対象が勝手に痛い目にあうことによってそれが「解消される」ことによる快感、と取ることが出来る。カタルシス。

・男の方が復讐心/正義由来でシャーデンフロイデを感じやすいようだ。
ある実験では、マネーゲームを行い、サクラが被験者に不正を働く。その後サクラには電流が流される。それを見た時の被験者の脳の活動を見た。

この時、女は自分に不正を働いた者に対して同情を司る部分の活動が高まった。一方で男は報酬系の活動が高まっていた。つまり喜びを感じている傾向が高かった。

(まぁ多分テストステロンのせいだろ)

なお、共感能力が高すぎても問題があるとは言っておく

・総合的には、女性よりも男性の方がシャーデンフロイデを感じやすいらしい。反対に「罪悪感」は男性よりも女性の方が感じやすいとされ、これが道徳的に忌避されるメシウマフィーバーを感じることを抑えていると考えられている。

この論文では、同情心はシャーデンフロイデを抑えるとされている。

ターゲットが自分より有利な状態だとシャーデンフロイデは発生しやすい。平均的だと同情心のほうが湧きやすいという結果となった。

またこの論文では女性のみ、自己愛が高いと他人の不幸をあざ笑う傾向が高い結果となっている。自己愛が同情心や罪悪感と負の相関にある。

認知的不協和とその解消。公正世界仮説など。

・ニーチェいわく、シャーデンフロイデは「平等性の勝利と回復についての最も卑属な表現」。

つまり不公平が元からあり、それが修正された時に感じるものとなる。よって「消極的な復讐」とも捉えられる。

わかりやすい例としては、悪人がひどい目に合えば、シャーデンフロイデは感じるだろう。悪人とは大概、不当に利益を得たものを指す。何が不当に感じるかは、当人の頭の中身に依る。

尤もこの場合シャーデンフロイデと自覚せずに「正義は勝った」「神様は見てる」「悪いことはできない」なんてこと言うのが多いが。

・事実としてなんかこう、「バチが当たるべき」というのは居るわけで。例えばそいつが成功目前にして過去の悪事が暴かれて失脚、というのは多くがシャーデンフロイデを感じるが、これは卑属な感情と呼べるのか、といえば、まぁ少なくとも私は呼ばんな。

・個人的な考察だが。何れにせよ「平等とはなにか」を決定づける各々の道徳観や世界観はシャーデンフロイデの「方向と感度」に関わることだろう。

人物Aがいたとする。当人なりのなんらかの世界観がある。努力は報われる、正直者は報われる、とかそんなん。大抵公正世界仮説の形を取る。

次に「そうじゃない奴」がいる。

簡単に例を挙げれば、金銭は労働によって得るものだ、と思っている者が宝くじで数億当てた者を見たという状況。

これで世界観がエラーを吐く。ターゲットは「何かの間違い」という言葉が服着て歩いてるような存在となる。通常は「例外」として処理するだろうが。

この数億当てた奴が調子こいて散財しまくった挙げ句破産した場合、Aはシャーデンフロイデを感じるだろう。
この例で言えば、このシャーデンフロイデは身勝手かつ不道徳と言える。

だがやっぱりシャーデンフロイデを感じることが「道徳的に正しい」という場面はある。犯罪者や悪人と世間の定義で(法律ではなく)言われるものは、破滅しても嬉しいわけだ。

これはターゲットを見て「そいつの現状が間違い」と感じたことが正しかったという「自分の世界観の肯定」であり、その破滅を持って「世界が正しい形になったから」だと思われる。

この認知は、世界には自浄作用があるというものであり、「だから自分は正しく(=自分の世界観に従い)生きていれば大丈夫」という信念の強化に繋がるだろう。まぁそれが当たりかハズレかは内容次第だが。というか適応力ないと今当たってても将来型遅れになるが。

・実際に居る。ターゲットに対して明らかに嫉妬しており、異常なまでに妬んでいるが、「ああなりたくはない」という感情もまた持っている者が。

この場合殆どが、ターゲットの存在が当人の世界観・信念(あるいは誤信念)を否定する立ち位置にある。

是非を問うべきか否か

・割とどうでもいいな。ただの感情に是非を問うてもね。是非が問われるとしたらシャーデンフロイデの「根拠」の方だろう。

なお、他人から見たらどうであれ下品に見られることは致し方ない。表面的な文脈としては「誰かが不幸になった」→「それ見て喜んでる奴が居る」ってだけだから。だからシャーデンフロイデにケチつけるやつが「浅い」とカウンター食らう余地もあるかもな。

・シャーデンフロイデの範疇に収まる=当人が一見すると不道徳な経緯で喜びを感じたってだけなので、気にするべきかどうか自分で考えろってのが一つ。

人目を気にせず猿のように手を叩いて喜ぶならそれシャーデンフロイデの範疇に収まってないので。まぁそれにしたって共感の余地もあるかもしれない。内容次第だな。

総じて何に対してシャーデンフロイデを感じるかには、思いっきり当人の人間性は出てる。どんな世界観かと、「どれだけ赤の他人もそれに従うべきと思っているか」つまり範囲とが。どちらかといえば後者が重要で(自他境界)、これがなければ他で問題起こしそうなものだが。

まぁ世界観ゆーても複数あるのが普通だと思うけど。
どっちかと言うと人生の法則みたいなもん。当人なりのドクトリン。

・気にしたところで止まらんだろうから気にするだけ無駄ってのが一つ。気にするべきはツラの皮の方だな。逆を言えばこれが人の一面であるって辺りは受け入れる。

・実際に糾弾されるべきものなどはいるわけで、特に社会に馴染んだ異常者は明らかに人間の「お人好し/甘さ/弱さ」の部分を狙って寄生する。

この様な者が自業自得に痛い目にあった所でそりゃメシがうめぇわってのが一つ。

つまり「正しいシャーデンフロイデ」は恐らくある。
その正しさがどこまでか。個人の域を出ないのか、多くの共感を得られるか。そんな自らを良しと出来るか、できないか。

・逆に自分が、何に対してどう感じるかを知ることは、自分の道徳や世界観を知ることに繋がる。これらはほとんど自覚はない。勝手に出来上がるから。

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