ライフハック 性格/人格

理解力がある人、飲み込みが早い人。

投稿日:2019年5月2日 更新日:

・自立心、向上心、独立心が高く、要点を抑えるセンスが高い+やることやってる。

頭の処理能力というよりは、日頃の心がけや物事の捉え方に近い話。

 

・また、非常に効率的である。時間ややる気などのリソースが限りあるものであると熟知しているように見える。この配分が上手い。

 

飲み込みが早いとは

・習得や学習能力が高いこと。
コツを掴むのが上手い、身につけるのが早い、、吸収が早いなどとも表現される。

全く同じ教育を施されても、個人差は出る。
一概に「頭の出来が違う」などとされることもあるが、まぁ大体はそうでもない。

 

観察力・洞察力に優れている

・「コツ」や「」を見つけるのが上手い。

これは「覚える量」に直結する。

 

・極端に飲み込みが遅い人などは丸暗記の傾向+完璧主義な傾向がある。
つまり教えられたことを「絶対」として、何も欠けずに覚えなくてはならない、としている。覚える量としては最大値になる。

反対に飲み込みが早い人の場合、圧縮/簡略化を行う。情報の要点だけを見切り、そこだけ押さえればいい。覚える量としては最小値になる。

彼/彼女たちは一見記憶力がいいように見えるが、こういった圧縮/簡略化を自然と行っている。

一方飲み込みが遅い人も圧縮/簡略化を行っている場合もある。ただそれは失ってはいけない部分を切り落とした不可逆圧縮に近い。

つまり観察力・洞察力に長けるということは、「覚える量」のスリム化、覚える手間の効率化、そしてその正確さに繋がる。

端的に言えば、「覚える前」に情報を整理している。だからすぐ覚えられる=身につく。これは認知レベルのはずだから、真似はすぐにはできないだろう。相手がテキストだった場合には可能か。

 

・観察はシミュレートにもなる。人間の学習能力はなかなかのものであり、他人がやっていることを自分がやっていると捉えて「学習」する機能は元々ある。

ミラーニューロンは他者の行動の理解、模倣の習得、他者の行動のシミュレーションをもたらすといわれている[30]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%B3

 

疑問の解消を後回しにしない

・疑問はすぐに解消する傾向。
「理解」している物事が多ければ多いほど、他のことを理解する下地になる。この性格はこういった「地力」を自然体で増やせる。

 

・後回しにせず「質問できる人」は、独立心が強いとも言えよう。
疑問の解消の後回しが「自分のためにならない」事がよくわかっている。

 

・ただ、聞かない人にしても、生徒役だけの問題とも言えない。
教師役は「教えたつもり」になりやすい。教師役だけの責任とも限らないが。

聞く側が「説明を遮っては悪い」と遠慮して、結果教師役が一方的にしゃべるだけで終わる、というパターンも多い。

「説明してもらったんだからわからなきゃいけない、でもわからないからわかったふりをしよう」というケースも有る。
これでは質問できない。感情労働と言うか感情的接待と言うか、忖度?

教師役が遮られることを露骨に嫌がったり、知ってることを「暗唱」してやればそれを聞いた奴は出来るようになると思い込んでいたりとかもある。
これは相手側の知識量や視点を全く無視しているので、ワンサイドゲームに終わりやすい。多分次から質問してもらえないんじゃないかな。

 

・もちろん「今はわかんねーけど後でそのうち分かるようになるだろー」ってほっぽっとくのもいる。そのうち疑問に思ったこと自体を忘れ、同じところでまた疑問に思う。以下ループ。

まぁ、本当に後から見直したら自然とわかる、ということもあるのだけれど。それは別のところで気づかずに必要な知識を学習できたからだ。それほど後回しに反対はしない。切り口変えて勉強してみるとかはアリだろう。

いつでも湧いた疑問の解消に専念できるとも限らないからな。

 

疑問が湧かない人

・疑問が湧かない理由の一つとして、「実行することをイメージしていない」事が挙げられる。
「話」として聞いて、「言葉の意味はわかった」としている。

一方、実行イメージをする場合は「手順」として聞いて、「実際に出来るかどうか」を考えることになる。これにより自分はここからわからない、ここの説明は飛ばされた、というのはわかる。

 

・改めて言うが、「教える側」はほぼ確実に「教える教育」を受けたわけではない。知っていることだから教えられる、できているから教えろと指示された、その程度の話だ。
彼/彼女のタスクは「知っていることを言語化して伝えること」になりがちになる。この時「言うほどではない」とする判断基準は自分のレベルとなっている。このため大抵基礎部分が抜ける。

逆に言うべきだと考える基準は自分の経験だろう。その点は際立たせるが、それ以外が過小評価されて伝わりがちだ。

結果として自分がわからない説明をされることもあるし、そうなら調べる/聞くしかない。

 

・同様に「後で誰かに教えるつもりで聞け」というのもよくあるアドバイスだ。これも有効だろう。

説明する側の視点を持つことは、全体を把握する必要、要点を言語化する必要などが発生する。これの視点は聞く側の理解のためにも役立つ。

 

積極的である

・行動を惜しまない。失敗を恐れない。陳腐な言葉ではあるが。

大抵の場合、過剰な丸暗記や義務感につながるのは「失敗して怒られて恥をかきたくないから」という思いが強い。これは根深いものであり、誰もがいくらかは持っている。まぁ親が子供にする教育からしてこれを助長させる傾向があるしな。

一方、飲み込みが早い人はこの辺りを必要経費として織り込んでいる。自分は初心者であり、失敗することもあるだろう、と。その上でも調べて、行動する。
謙虚であり、アクティブでもある。この謙虚さから質問することにも比較的抵抗が少ない。

自分の成長性に対しての信頼もあるだろう。実際に彼/彼女たちは同じミスはほとんどしない。その能力を自覚しているように見える。

 

人のせいにしない/自分のできることを考える

・「自分がどうやったらうまくいくか」という視点で考える。「自分が」どうしたらいいかを考えるのは建設的である。

実際に誰か/何かが悪かったとして、だから自分は何もしない、となると、まぁ相手も何もしないだろうから問題は問題のまま永続する。

被害を被っているのに自分は何も悪くないから何もしない、という人もいる。加害者にとってその方が都合が良ければ、これは「都合よく我慢してくれる人」だ。
自分で自分の身は守ったほうがいいだろう。他に誰か気にしてくれるとは限らない。

 

余計なアレンジ/思い込みをしない

・飲み込みが早い人は「飲み込める人」だ、なんて話もある。
余計なアレンジや思い込みをせずにそのまま自分に取り込める人。

例えば料理がいつまでも下手な人は、レシピ通りにせずに大抵余計なことをやる。やれ強火のほうが早く火が通るはずだ、調味料の量はこのくらいでいいはずだ(目分量)、みたいな「こうであるはずだ」または「自分はわかっている(と思ってるだけでわかってない)」というのが多い。

この上味見もしないのは「うまく出来てるはずだ」ってところだろうか。

飲み込みが早い人は言い方を変えれば素直。この上で要点を見抜くのが上手い。これは飲み込みが遅い人が勝手に自爆をしているだけだという話となる。その分差が開く。

記録する

・メモはしっかり取る傾向。

・「」を見つける能力が高いことを示す。
メモやノートをしっかり取るというのは、「後で見返して何のことか分かる」レベルが求められる。この上で、素早く、端的に書くことが。
つまり観察・洞察力は必要になる。

メモは取っているけど飲み込みが遅い、というタイプは見返しても意味がわからない書き方になっていることが多い。

カテゴリーでまとまっていない、印象に残った部分の走り書きのみ、特に「状況」がすっぽ抜けてることが多いかな。「内容だけ」書いてあって、それがいつどこでの話なのかわからない、だとか。

或いは「相手が話したとおりに記録」しようとするだとか。それは書記であり、メモを取ることとは違う。

 

・「今わかる」書き方は、数分後には「わからない」となっていても別におかしくはない。
人間はワーキングメモリという、一時的な作業領域を利用して物事を理解している。これは長くても数分しか維持できない。書いたときには一時記憶で補足して理解できるが、それが消えたら何書いてあるのかわからない、となる。

メモをとるのが上手い人は、この辺りを織り込んだ書き方をする。多分、こまめに見返すから自然と上達したのだろう。
逆に「書いたら安心」「困った時だけ見ればいい」と思っているタイプはメモのとり方を上達させる必要性に気づかない。

 

・これらのメモは「自分が必要だと思った知識」の集大成だ。これらをまとめることは、自分の頭の中の整理にも繋がる。

まとめたものを教師役に確認してもらえば、自分の理解が正確か否かも双方わかる。

 

・優秀な人間ほど、自分の記憶をあまり当てにしていないように思える。

例えば物をよく無くす人の方が、「どこに何があるか自分には分かる」とか言う。
実際に物をなくさない人は、置き場所を決めて、「いちいち覚える必要がない」ようにしている。まぁその分他人が勝手にいじったりしたら怒る。

前者は「能力」で解決しようとし、できていない。
後者は「システム」で解決しようとし、できている。

 

前後を把握している

・全体から見てその作業がどんな役回りなのかの理解。
その作業の前の工程、後の工程を把握している。

ここを抑えないと次で困ることになるから慎重に、ここを前の工程でやっておいてくれないと困るから確認しないと、などが分かるようになる。或いはここを気をつけることにどんな意味があるのか、という理解にも繋がる。

これも要点を見つける能力に関わる。

 

要点同士の理解/パターン化

・要点を起点としての全体像の把握。

要点は割と教えてもらえるかも知れない。ここを気をつけろ、ここは間違えやすい、ここは抑えなければならない、と。まぁ周りも困るからね。

で、たまにいるが、「そこしかやらない/気をつけない」人とかはいるわけだ。これは要点「だけ」、それも教わった部分だけ抑えている状態。

要点と要点のつながり、全体の骨格が見えてくれば、他の気をつけるべきこと、コツなども見つけやすくなる。

 

・パターン化は要点の共通点を見つけ、他にも適用することだ。

 

影で努力している

・特に今日学んだことのまとめや、今後やりそうなことの予習など。単純にやることやってるパターン。

これについては幼少期からの習慣であることが多い。

 

・基礎部分が頑丈になる。後は要点を追加していけばいい。更に強固となるだろう。

 

下地ができていた

・予備知識と慣れに直結する。
それと類似した経験がある、或いは類似した技術を習得しているパターン。

同じ「始めて」だとしても、スタート地点は平等ではない。各々の経験により習得率は変わる。ドラクエやったことあれば、コントローラーに触ったこともない奴と比べればFFもやれるだろうって話。グラディウスとR-typeに例えてもいいけど。

 

・能力、性格から見てそれほどじゃないはずなのに、一定のカテゴリでだけ非常に飲み込みが早いなどの現象が起きる。

小学校のクラスでいなかったか。ドッジボールやサッカーしか頭にないようなのが三国志や戦国武将にだけ異様に詳しいとか。そういうのが複数人居たから聞いて回ったんだが、兄か父親が家でその手のゲームしてたの横で見てたってさ。

他人が見れば「一を聞いて十を知る」となるだろうが、当人からしてみれば「知ってることと同じだった」ということになる。

 

・これは才能は経験で補えるという示唆である。

 

何を覚えようとしているか

・心理学で「構え」と言うのだが、簡単に言えば「どんなつもりで学習にあたっているか」という心構えの話。これは無意識に構えていることも多い。

これが違うと「覚えた」と自覚するゴールも当然違うため、差は出る。

 

・何を学習するか、という点について考えれば、その物事のパターンとシステムの2つに分けることができるだろう。

パターンはそのまま「流れ」を学習する。再現のため。要領が良い人は最初はこちら。

一方システムを覚えようとすると、「理解」が必要になる。当然楽ではない。難易度は比較的高く、時間がかかる。要領が悪い人と見られる。

 

・例えば「スイッチを押せばライトが付く」という件で、その通りに覚えればライトのオンオフは可能になる。

この場面で「なぜスイッチを押せばライトが付くのか? なぜもう一度押すと消えるのか?」とか哲学を始めれば覚えることは膨大になる。

これは無駄ではないのだが、特に仕事においてはぶっちゃけてさっさと役に立つレベルになってほしいというのはある。加えて教えなきゃいけないことは山積みだ。次が待っている。

いちいちシステムを理解をしたい、そうじゃなきゃ先に進めない、なんて「構え」だと、教えなきゃいけない予定が渋滞する。

反対に、さっさと「できる」ようになるパターン的な理解なら、予定は順調に消化できる。当然できることが増える。客観的に見たら、2者のレベルは大きく差がつくことになる。

これは「詰め込み教育に耐えられるかどうか」という話だ。頭の善し悪しであるとは言えない。例えばエジソンに義務教育は無理だった。アインシュタインも、どうも快く思っていなかったフシがある。

 

・スマホを使っている奴は別にスマホを作れない。
鳥は空を飛べるが、別に航空力学を知ってるわけじゃない。

システムの理解とは、まず実態というか対象があって、それを分析、調査、研究して明らかになる科学のような属性が強い。既存の物事に「なぜ?」と問うことから始まる。

「覚える」というフェイズで、研究を始めるのは大抵の場合歓迎されない。

ただし、システムが気になる性格は別に悪いことじゃない。自主的な予習や復習の頻度は比較的高いだろう。

問題はパターンを覚えるということが「できない」ケースのほうだ。エジソン少年はおそらく、義務教育に対してはそれができなかった。

・パターン学習だけでも問題がある。パターン学習は当然ながら、トラブルに弱い。想定内のことなら最速のアウトプットができるが、想定外のことだと最速で間違えるかフリーズするかのどちらかになる。「テストで点取るため≪≪だけ≫≫の勉強」と言えば分かるだろうか。

これは簡単に言えば丸暗記に近い。丸暗記の弱点と言ったら、おなじみの「応用力の不足」だ。

 

応用力も、要領の良さや理解力と同類のものだろう。
で、何が応用力となり得るか、といえば「システムの理解」に他ならない。メタ知識とも呼ばれることがあるが。

例えばパソコンのキーボードでタッチタイピングができ(野生のタイピングではなくシステム的な理解をしていれば)、この上でテンキーのある点に気づいていれば、間違いなく初めてでも手元を見ずに数字入力だけならできる。
成長率に補正がはいるというよりも、スタート地点に補正が入る。

1を聞いて10を知る、とまでは行かないが、これは1を知って2を実行できている例だ。

 

言葉にすれば「似たようなもんだから似たような使い方はできる」という話だが、理解度が低いとそもそも2つが「似たようなもん」に見えない。

共通点がまったくない別物に見える。そうなれば当然「アレと同じか」とはならないだろう。0からのスタートになる。

思うに、理解を深めるというのは他の知識とのつながりを容易にさせるのだろう。思いつきやすい、閃きやすい。

注意として、「理解」は非常に些細な感覚であることが多いことが挙げられる。「法則」を発見したような感じはあまりしない。何らかの気づきを得たような気になったらそれだと思っていいだろう。勘違いかもしれんが。

 

・まとめると、両方必要だね。順番としてはパターンを覚える→システム(なぜそうなのか)を理解する。
もちろん、大して重要じゃないような、自分が知っても意味がないようなことならパターンだけ覚えてハイサヨウナラ、でも構わないと思うが。







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