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没頭・集中・充実感について

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この記事は【2018年9月24日】が最後の更新のため、記事の内容が古い可能性があります。

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充実感は達成感に非ず。充実感とは、「今」に対して感じることだ。目的達成の瞬間とは違う。人間の長期目標は長すぎる。恐らく脳はその価値を認識できず、達成より先に飽きるのが常だろう。

」の擬似的な再現としての考察。意識的に充実感を得ようとすることにより、「」に対しての注意力を培うための。

まず、求めるべきが達成感ではなく充実感で構わないことの補足について。

人間は「もうすぐゴールだ」と思った瞬間にスペックがガタ落ちする。このため新記録を狙うような競技では、言葉にすれば陳腐だが「最後まで気を抜かないように」とするのが常だとか。

これについては脳の手抜き、と言うには酷だろう。むしろそれまでの集中・専念している状態が脳にとってはイレギュラーであるのだから。失速ではなく、通常モードへの移行だろう。そして再び集中へと切り替えるにはギアが重い。

達成しても達成感が味わえるかどうか怪しいものだ。もうすぐ終わりだと思ったのなら、それは達成感の先取りであり、集中から通常への移行、つまりは「開放」の喜びであり、「達成感」では元からないのかもしれないし。加えてそれが実際のゴール前にだとしたら油断という他ない。

見方を変えれば、脳にとって人間のやってることは、自分から緊急状態になりたがるという相当にアレな行為をしたがる生き物ということになる。多分本能から見て理性は異常性癖の変態だろう。理性から見たら本能は怠け者の快楽主義者だからお互い様だね。相変わらず仲悪いなお前ら。

野生で「目標達成」に近いモジュールは「狩り」に纏わるものだろうが、人間の場合はそれ以上に遠く未来を想像して目指す。

で、特に学術論文は見当たらないのだが、人間が、予測ではなく「認識」ができる「時間的距離」は相当に短いと思われる。つまりデータではなく「実感・感覚」として認知できる時間の範囲。

リアルとファンタジーの違いと言ってもいい。よくある実験でも、今すぐ1万円もらうか、一週間後に1.1万円もらうかでは大体前者を選ぶとかそういう話は多い。

順当に考えれば利益が多い後者を選ぶのが正解だが、「リアルとファンタジーの違い」として考えれば前者を選ぶのが「当たり前」にはなるだろう。「餅」と「絵に描いた餅」とどっちが食いたいかって聞いてるようなもんだからな。考えるまでもない。考えるまでもないから考えない。だから間違える。a)(この手の実験は、公正世界への信仰を揺るがすと今すぐ金を、となりやすいらしい。この場合は時間の可視範囲が狭まっているのかもしれない。安心であると信じられなくなったのだから、当然か。)

この時間的な可視範囲がわからない。人によって違うというのももちろんあるだろうが、それでも大体の範囲を見極めたい。つまり人が「リアリティ」を感じて、実際に対応、準備、行動に移す時間的な距離の大体の目安。

……やっぱ無理かなぁ。些細なリスクでも怯える奴から、ケツに火がつくまで寝てる奴まで色々だもんな。よしんばそんなもんがどこぞの大学で研究発表されたとしても、自分がそれに該当しなきゃ全く役に立たないし。劣等感か自惚れのネタにしかならないだろう。自分で自分を観察・研究するべき案件か。

というか内容にもよるだろう明らかに。部屋の掃除と就職活動と同じ「距離」で始めるわけないだろうし。

これとは別に、未来や過去を想像/想起している時には意識はそこに飛び、「入り込んでいる」とする学術論文は読んだことがある。が、どこだったか見失った。これを読んでいる人が心当たりがあったらそれとなく教えて欲しい。なんか「タイム」って名前は入ってた気がする。そして結構ダサいというかなんというかな微妙なネーミングだった。

ともかく、やっぱり「」から人の意識は逸脱しやすい。想起や予測はもちろん重要ではあるが、その分どうしても「」は疎かになる。もうちょっとメリハリつけれたらいいんだが、無意識的な部分だからなんとも。「没頭」しなければいいだけの話だとも思ってはいるのだが。

後は達成感の根本的な欠点としては、勝者じゃないと味わえないんじゃないかって点になるか。敗者が自己満足で感じることができるだろうか。勝敗がある話なら可能かもしれないが、例えば実力不足で念願叶わず、という場面で達成感感じられるのかとかその辺り。この場合達成してないわけで。つまり達成感は約束された報酬ではない。

無理に感じようとしても感じられるか感じられないか微妙ってラインなのが達成感。「やってること」に対して感じる充実感のほうが、地に足がついている感じがあるし、求めるにしても現実的だろう。

つまるところ、私達が達成感を感じたい/感じられるはずだと考えるタスクの少なくともゴールの部分は、大体の場合リアルではなくファンタジーの位置にある。それだけ目指すってことは、意識は常に未来に行きっぱなしということだ。「」を意識するならば、充実感を求めたほうが適切だろう。

ともすれば、私達は遠くを見るのはむしろ得意であり(実際最適解自体は見つけられる。できるかどうかは置いといて。)、苦手なのは「一手」単位での「今」を見る目の方ではないだろうか。

だが逆にゴールを意識している=流れとその行き着く先を意識しているからこそスムーズに動けるというのも事実だろう。要は両方あったほうが良いもんじゃないのかと思う。

同時にやるのが難しいのか。ワーキングメモリの容量の話になってくるだろうか。2つ同時に意識はできない。4つのチャンクの内、アクティブにできるチャンクは1つまでだったはずだし。残りは保持に回る。流れを頭に浮かべつつ一手に意識を向けるのは、慣れてることにしかできないのかもしれないな。

じゃあ初見はどうなるかって言ったら、まぁクオリティはベコベコだろうけど集中度合いだけで見ればかなり集中はしている。もしかしたら、ただ単に全体像が頭にないと不安になるだけかもしれない。ブランケット症候群なのかもな。安心毛布=予測をすることって所か。

次、脳的に。ドーパミンとか出す報酬系は、ご褒美を得られた時ではなく、「得られそう」な時に働く。簡単に馬で言えば、目の前に人参がぶら下がってる時が一番元気になる。食った時じゃなくて。

これまたタスク、というかゴールが「リアル」であればあるほど脳は働くと言えるだろう。ファンタジーだと弱い。時間的な可視範囲の内か外か。

また、自主性がないとあまり働かないとされる。動機が「欲」であることが望ましい、と言い換えてもいいか。逆に言われたからとか義務だからとかだとあまり働かない。これはゴールに対しても言えることであり、「与えられるもの」では反応は薄く、「手に入れようとするもの」であるほどよく働くとされる。

報酬系がタスクに対して働いているなら、充実していると言えるだろう。また、これは古典的条件づけやオペラント強化にも関連している部分であり、意欲が湧き、学習能力高くなるし、そのタスクが好きにもなる。脳の状態はタスクに対して理想的な状態であり、集中・没頭しているとしてもいいだろう。

もうすぐ終わる/だいたい終わったと思うと脳がギアを落とすという話だが(物理的には脳への血流が激減するそうな)、これ完璧主義者は有利ってことになるか。詰めが甘いって言葉とは無縁そうではある。過集中もそうだけど、対象を選択して、加減も調整できて、意図的にオンオフできれば本当有用そうなんだよな。

総じて、「自主的」で「具体的」な小目標…というか今これからやることに対してそう意識するほうが良さそうだ。

 

脚注   [ + ]

a. (この手の実験は、公正世界への信仰を揺るがすと今すぐ金を、となりやすいらしい。この場合は時間の可視範囲が狭まっているのかもしれない。安心であると信じられなくなったのだから、当然か。)







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