クラインの「死亡前死因分析」

死亡前の死因分析、死亡分析と表記ゆれが見られるが、死因分析で統一する。
プレモータム分析とも。意味は同じ。

行動や計画のリスクを炙り出す、一種のシミュレート。なんつか、「走る前に転んどけ」みたいな。

やってみると割と楽しい。人によっては安心感すらあるだろう。理由はある。

死亡前死因分析とは

 もともとは心理学者が提唱した、計画錯誤(楽観バイアスにより計画が破綻する)対策の考え方。
現状、マネジメント手法の一つとされている。組織の終焉(=死亡)が来るとしたら、「どのような原因でそうなるのか」を考える。(失敗パターンを予め見出し、防ぐことに役立てる。)
プロジェクト単位で行ったり、一定の期間で行ったりもする。

本来、懐疑的な意見は言い辛い所がある。これに正当性を与える。死んだこと前提だから、実に下らない「縁起が悪いことを言うな」みたいなバカな否定は出てこない。っていうかこれ言うやつ戦犯だろ。

プロジェクトの失敗の原因が、薄々感じていた違和感などをスルーした結果だという仮定になりたっている。
これはおそらく合ってる。労働災害の分野では、大きな1つの事故の前触れとして、29件の軽微な事故、300の小さな出来事が起きているという話がある。(1:29:300の法則、ハインリッヒの法則)


 死亡前死因分析は心理学者のゲーリー・クラインが提唱した。

やり方は簡単で、何か重要な決定に立ち至ったとき、まだそれを正式に発表しないうちに、その決定をよく知っている人たちに集まってもらう。

そして、

「いまが一年後だと想像してください。

私たちは、さきほど決めた計画を実行しました。

すると大失敗に終わりました。

どんなふうに失敗したのか、5 ~ 10分でその経過を簡単にまとめてください」と頼む。

クラインはこの方法を「死亡前死因分析(premortem)」と名付けている。

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?

「死亡前分析(プレモータム分析)には大きなメリットが二つある。

一つは決定前の方向性がはっきりしてくると多くのチームは集団思考に陥りがちになるが、それを克服できることである。

もう一つは、事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に開放できることである。」

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか

 楽観バイアスを防げるとされる。前回やったが、楽観バイアスは当人が考える「ワーストシナリオ」にすら影響を及ぼし、最悪の想定すら甘くさせることがある。今回は既に死亡確定しているので、これが働く余地がないだろう。ちゃんと考えればだけど。

集団が一つの目的を持ち、活動し、「流れ」が生まれると、それに異を唱える声は出しにくい。このような一種の集団バイアスの克服とされる。(個人の頭の中も、様々な思考、情報、意識が混在する。この上で早いだけの奴、声がデカイだけの奴が勝つところがあるのが最悪だがまぁリアルと同じだな)

死亡前死亡分析の例


成功した事業が行った死亡前死因分析の例。メールアカウントサービスMailCloudが、リリース前に行った死亡前死因分析。

Bell氏はまず、以下の事態を想定しました。

・クローズドのβ版をローンチするも、誰も欲しがらない

・バグだらけで、適切にプロダクトが機能しない

・アプリのレビューは最悪

・基本的に全世界がMailCloudを嫌っている

https://growthhackjapan.com/2014-05-07-pre-mortem-for-your-growing-startup/


ノイローゼか。ナチュラルに「なにやったらそんなことになるの」と突っ込みたくなるが、死亡前死因分析はそれを考えるわけだ。

こうなった原因を想定し、区分した。30分ほどで終わらせたらしい。

もちろん課題の発見、リスクの可視化はなされた。「どうすればいいのか」が見えてきたと言える。だがそれ以上にメンバーの心理的な作用に注目したい。

死亡前死因分析を行うことにより、チーム全体が不安から解消された。十分に失敗する可能性と向き合ったことで。無意識的に避けていた課題と向き合ったから、結局前向きになれた。

これは、「時間を決めて思う存分に心配する」というカウンセリング的な効果として機能している。

心理学者のジュリー・ノーレムに依っても「最悪の状態を考えることは未来の不安を減らす効果がある」としている。

 楽観バイアスは楽観できない現実に対して認知的不協和を引き起こし、ストレスになるのではないか。ネガティブな考えをタブーとするが、その自己監視自体がストレスになることで。
生来の楽観主義者ではない、楽観主義に努めようとしている者たちの「必死さ」なんかはそう思わせる。

死亡前死因分析の注意点

デメリットは基本的にはないが、上手くやるための注意点はある。

  • 自分の弱点を突く。突かれずに済むと思わない。
  • 他者が全面的に優れていることを前提とする。既に勝っているとは思わない。
  • 今までの苦労、みたいなサンクコストは無視すること。それに拘ると本当に死ぬことになる。というかコンコルド社はそれで窮地に陥った。
  • いつ死ぬのかは明示する。具体的にイメージするために。

プロジェクトの大小は問わず有効。

「質問の仕方」には注意を払うこと。実際にゲーリー・クラインが行った実験としてされるものは、

  • 「その従業員が半年後に辞めるとしたらどんな理由が考えられるか」と問うた場合には、平均3.5個の理由が挙げられた。
  • 「半年後、その従業員が会社を辞めたとする。その理由は?」と問うた場合には、平均4.4個の理由が挙げられている。さらにこちらの方がより具体的な内容だった。


このように「聞き方」や「見せ方」を変えただけで結果が変わるという話はある。特に認知心理学の分野で多く見られる。

ジョブズの「鏡への問い」

スティーブ・ジョブズは毎朝鏡に向かって「もしも今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうか?」と己に問うていたという話がある。NOと答える日が何日も続くようであれば、何かを変えなければならないということだ、と。

これは「後悔して死ぬ」という前提の死亡前死因分析にも見れる。

ティム・フェリスの「目標ではなく恐怖を明確にすべき理由」

ストア哲学(ストイックの語源)にちなんだ、恐怖を明確にする方法とその理由。

楽観バイアスとは一見無縁だが、楽観バイアスは「恐怖感情から逃げるため」にも機能している。ネガティブをタブー扱いする者が出始めるのがその証拠だ。

重要なのは、恐怖の対象から逃げるのではなく、「自分の中の恐怖の感情」から逃げる役にしか立っていない点。

ネガティブのタブー扱いは、例えば手すりなんて無い崖っぷちを歩いている時に、「下を見ると怖いから足元見ない。上むいて歩く」という相当にアホな事になりかねない。普通落ちないことにすら落ちるのは道理だろう。

ティム・フェリスはえらい要領が良い人物なわけで、別のトークでも分析を用いた効果的な練習などの話をしている。
ちなみに彼の肩書としては作家(日本では『「週4時間」だけ働く。』)、起業家、投資家、ギネス記録保持者、散打のチャンピオンなど。

防衛的ペシミズム

防衛的悲観主義とも。ジュリー・ノーレムとナンシー・カーターにより1986年に提唱された。
簡単に言えば、「悪く考え、そうならないために動く」傾向。これと「真の悲観主義」は区別される。自然な死亡前死因分析的な考え方といえるか。

古代ギリシャ哲学者であるセネカやエピクテトスがこれに似た考え方を用いていたとされている。共にストア派の哲学者。

あらゆる悪い予測を立てる。それで終わればただの悲観主義者だが、防衛的ペシミズムはそれを前提としての計画、行動をする。このため精度が高い。また、「不安をモチベーションにできる」ともされる。ペシミズムの活かし方、としては有用だろう。

一方で、性格分析のビッグファイブに神経症的傾向(精神不安定性とも)という要素がある。これもまた高いと悪い方向に考え、それを前提として用心深い行動を取る。高すぎるとよろしくないが、程々に高い場合「真面目で用心深い」となる。防衛的ペシミズムと似ている。これが、日本人全体で見ると割と高めらしい。

もう日本人はストア哲学と相性がいいと言っちゃって良いんじゃないだろうか。ダメだろうか。みんな自省録読もう。

 重要なことだが、元からこのような防衛的ペシミズムの人が無理にポジティブになろうとすると、悪い結果となりやすいらしい。むしろそのままでいたほうが、時間とともに同じ不安を感じながらも自己評価が高くなり、幸せを感じ、学業でよい成績を出し、個人の目標に近づくとされている。

つまり、人によっては無理やりなポジティブは毒となりえる。そして神経症傾向から考えて日本人には防衛的ペシミズムはおそらく多い。少なくとも無理して楽観主義になる必要はまったくないし害すらある。恐怖から逃れるためとしても、恐怖と向き合ったほうがむしろいいという結論になる。

幸不幸やポジかネガかなんぞより、自分らしさとか自分の活かし方の方がよほど大切なのでは。

防衛的悲観主義者のメタ認知に関する検討(pdf)』に依ると悲観的ペシミズムは、

  • 真の悲観主義と比べてメタ認知能力(自分を客観視する能力)が優位に高い
  • 学業成績にプラスに働く

などの特徴がある。まぁ用心深いから。

一見すると悲観主義は健康に悪そうなんだが、ビッグファイブの神経症傾向+誠実性が高いと炎症(万病の元とも)が起きづらいという話もある。これは「体質」の話ではなく、単に自分が病気になるリスクを認識し、それに対して誠実に対応するからだそうな。

楽観バイアスの評価について

 今回の視点で改めて楽観バイアスを見ると、やっぱ基本的には「いらない」という感じになるか。
役に立ってるの痛み止めと主観的幸福度(それもおそらくその場しのぎの)の上昇だけだろう。この上で合理的、論理的なものには役立たずどころかマイナスになる。リスクに対しては「目くらまし」にすらなる。
違法薬物ただで配るヤクザみてーだな。

むしろ「ポジティブシンキングがサブプライムローンを引き起こした」みたいな説をタイム誌が出したとかそんな話もある。

まぁバッサリ切っちゃって良いのかどうかまだ情報不足なところがあるが。方略的楽観主義あたりを勉強しないと。バイアスとしてはいらんとは思うが。

楽観主義が自信につながるという話に対しても、私個人の意見はそもそも、人には自信が必要なんじゃなくて「自信のなさ」と呼ばれるマイナスな存在が邪魔をしているだろうという考えだし。それはティム・フェリスのトークであった「恐怖」に類するものであり、これは「自信」で帳消しが出来る相対位置にあるものなのか非常に疑っている。

実際「幸福であること」と「不幸ではないこと」は「別物だ」とする研究者もいるし。自信があるのと「自信のなさ(と呼ばれるナニカ)がない状態」もまた別物なのではないだろうか。おそらく後者のほうが健全で。

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