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抑うつリアリズム

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抑うつリアリズムとは

  1. 通常の人間には楽観的に物事を推論をするバイアスがかかっており、
  2. 抑うつ者にはそれがないため、
  3. 現実的に物事が推論できる、
  4. とする仮説。

ローレン・アローイとリン・イボンヌ・エイブラムソンにより提唱された。1979年。

抑うつとは

抑うつとは、気分が落ち込んだりふさぎ込んでいる非活動的な状態を指し、うつ病に見られる症状であるが、うつ病そのものではない。うつ状態。
例えば「近親者の死」などでなりうる、誰もが将来的には経験するであろう身近な状態だ。

ただし抑うつリアリズムの対象としては、範囲として軽度~中度のうつ病は含まれている研究や解説が多い。

一方で重度のうつ病になってくると話は違ってくるらしい。ネガティブなバイアスや認知の歪みなどは見られる。

抑うつは怒りと繋がっているともされる。

今までの抑うつ状態の解釈

 それまで抑うつ状態でよくあるネガティブな思考や感情は、否定的な認知バイアス(認知の歪みなど)を彼らが持つからだと考えられていた(バイアスは偏見や思考・認知の偏りを指す)。これを前提とした治療法として、認知行動療法が存在する。

抑うつリアリズムはこれに対し、

  • このネガティブさこそが現実をより正確に評価したものである
  • 抑うつじゃない個人は楽観した評価を下すバイアスを持っている

とした。既存の前提に疑問を投げた形になる(まぁ個人的にはこれは半分正解で半分間違いだと思うが)。

抑うつリアリズムの補足説明

1989年の時点で「実験では見られるが、実生活上では見られない」との指摘がされている。
他にも限定的にしか観測されない傾向がある話が多い。

「それほど頑健な事象ではない」との意見も上がり始め、前提条件や範囲の詳細が求められるようになったとされる。

バイアス自体が出たり引っ込んだりするものだし、何より現在の状況や直前の経験の影響を大きく受ける傾向があるため、仕方ない話かもしれない。

関連:
_アインシュテルング効果について

 混同してはいけないが、楽観的なバイアスがないから抑うつだ、という話ではない。抑うつ者に楽観的なバイアスが見られないという話。順番を間違えてはいけない。
あと楽観的バイアスは前向きさの発生源でも有るが、割とアホの代名詞でもある。あんまり自慢にならない。

 軽い説明だと、非抑うつ者は「世界観」レベルでおめでたバイアスがかかっているように見えてしまう。
だが論文を呼んでみると、随伴性認知や自己効力感といった「出来事」と「自分」との関連性に関わる認知に限られている印象がある。

代表的な実験は、ライトの点灯と自分がボタンを押したことが関係していると思うかどうか問うものなのだが、この時たしかに非抑うつ者はおめでたバイアスな結果になっている。

抑うつ者に無力感があるだけでは、と初めは思ったのだが、確率を変えても彼らの推論は「正確」だった。

アローイらの抑うつリアリズムの実験

 論文『楽観性が随伴性認知の正確さに与える影響 : 抑うつリアリズムの観点から』より。一番詳細が載っていた。

  • 黄色のライトが点灯してから、3秒以内にボタンを「押す/押さない」を被験者は選択する。
  • 続いて3秒以内に緑のライトが「点灯する/しない」場合があった。
  • 40回繰り返した後、随伴性を評定。つまり自分がボタンを押したことが緑のライトの点灯に影響を与えたと思うかどうか評価した。

これを少しずつ確率や条件を変え、第1~4実験までしている。

 第3実験は随伴性なし。つまりボタンを押しても意味がない。この上で緑色のライトはボタンと無関係に50%で点灯する。

 第4実験は、どちらかに偏った選択を盲目的にやってれば勝率が高いように確率を偏らせたらしい。

この時、報酬を喪失する条件において、50%の随伴性(ボタンが反応する)があったのだが、この時だけなぜか抑うつ者は実際よりも低い評価をした。「コントロール無し幻想」とされている。
一見すると、「自分は不幸に対して無力である」みたいな心理の現れにも見えるが、実際のところはどうなのだろうか。

少なくともランダム性があり、ネガティブな答えの一点張りをしていれば偶然良い点が取れるような構造の実験ではない。

 アローイの実験では被験者は、「もし逆の選択肢をしたらどうなったのか」を知らされずに答えている。

この論文では、抑うつ者がさっさと諦めて均等に押したり押さなかったりし、非抑うつ者はコントロール感を信じているからボタンを押す/押さないをどちらかに「偏って」元から選んだ場合、「評価のための情報量」に差が出るだろうと指摘している。

それだともうバイアスじゃなくて判断材料の量による答えの違いとなるが、実生活に当てはめた場合、活動量と学習量が大体比例してることの説明にはなるか。

消極的な場合、否定的な自己イメージが強固であることは確かに多いだろう。そのイメージの正否はともかく、「強固」なのは「少ない判断材料+否定材料が手持ちにない」状態で結論を出しているからではないか。

 ただこの論文の研究結果としては、抑うつリアリズムも楽観バイアスも観測されていない。著者の推測としては、アローイらの実験では「憶測の余地」が豊富にあり、最後まで期待を持つ余地があったのではないかとしている。著者の実験ではトランプを使い、憶測よりも記憶と計算が捗るような環境になっている。

逆を言えば抑うつ者は、楽観的な考えの余地があってもそれをしない、あるいはできない状態であるとは考えられる。

どの道このように、抑うつリアリズムはかなり場面限定的だと言える。逆を言えば抽象的な対象であれば有るほどこれは強くかかるのではないかという疑問もある。すなわち人生やら運命やらなんて御大層なものには特に。

メモ

 結局の所はそれぞれ、抑うつ者は「自分が何をやっても結果は変わらない」、非抑うつ者は「自分は結果に干渉できる」との信念を各自持っているようには確かに見える。



 そのうちそんな曲名の歌ができてVOCALOIDが歌いそう。

 うつ病の人が「自分たちがまともで、お前たちがおめでたすぎる」みたいな内容の言をしているのは実際に何度か見かけたことはある。

ただ、元からヒトは昏い物事に対してリアリティや真実など、何らかの重み付けをする傾向が有るように、個人的には思っている。

それが普段「だから避けるべき」と働くのだが、侵入思考を欲求だと解釈する者が居るように、「だから重視するべきだ」と一般とは違う認知をしているだけかもしれない。

 抑うつリアリズムの対として「体育会系オプティミズム」なる言葉を発明している所があった。天才か。

 バイアスは「状況に適応するために有る」とも言える。時々見切り発車がひどくて間違ってるけど。それが働かない抑うつ状態は、やはり健康的ではないのかも知れない。



 抑うつリアリズムは見方を変えれば「自己効力感を感じるかどうか」ということでもあるな。自分が影響を与えたように思うか、思わないか。抑うつだと「自分には物事を好転させる力はない」「努力しても無駄だ」と強く思うかも知れない。
期待という名の先入観がない=諦めによって、物事が正しく見える可能性。だとしたら抑うつリアリズムは諦観の副産物となる。

 前述の論文に、過剰な楽観性による不適応についてが注釈9にかかれている。

  • ストレス状況において「否認することによる楽観視」による不適応と適切なコーピングの妨げ
  • 楽観視が適切なリスク回避やプラス行動を妨げるという見解
  • 諦めずに過剰または無駄な努力を続けて消耗するという見解

理解できることが少ないと、「運」に見えるあるいは「直感の出番」になる物事が多いかもしれない。そこから自己奉仕バイアスが働いたらおめでたい奴が出来上がる。

逆を言えば、知らない物事に直面すれば我々は基本あんなんかもしれない。

 随伴性認知とは、「自身の行動が物事の結果をどれだけコントロールしていると判断するか」ということ。

これで思い出すのが「自分が悪い」とやたらと自分にネガティブな帰属をする人々だが、ネガティブな上で随伴性をかなり高く評価していることになるか。あるいは自分に責任があるのに随伴性を認知できない(=無力だ)という感覚か、どちらもあり得るか。

関連:
_全部自分のせい・自分が悪いと思ってしまう人
_原因帰属の三次元:分析、反省、犯人探し。



抑うつリアリズムと時間間隔と怒り

 よくわからんのが、ポジもネガもない「時間」という中立概念に対して、抑うつ者はバイアスが働いていない(から正確)という話。

外部サイト:抑うつ状態にある人のほうが正確に時間を知覚している

類似している話に、フリードマンとローゼンマンによる「タイプA性格」がある。時間に対してせっかちで、止まろうとしない、休もうとしないなんて言われる行動が目立つ。

そうではない性格はタイプBとされるのだが、ジェフ・コンテによる両者の時間間隔を図った実験では、タイプAは1分を平均で58秒と、タイプBは77秒に感じたと答えている。

タイプAは抑うつ者と同じ結果を出したと言えるだろう。反対にタイプBは非抑うつ者と同じ結果を出している。



 改めてタイプAの説明をすると、前述のせっかちさの上で好戦的であり、競争的であり、周囲に認められたい欲求も強く、心疾患のリスクが2.2倍。

これ、攻撃性を除くと結構うつ病になりやすい性格をしていると言える。ビッグファイブで言えば神経症傾向多分強いだろう。

また、抑うつという言葉は消極的なイメージなのだが、攻撃性を高めるともされている。「怒り」と結びついているらしい。
常に時間に追われているから時間感覚も性格だ、とも言えるが、だからといって秒単位だろうか。
一見すると抑うつ者とタイプA(AはAggressive(積極的/攻撃的)のA)は行動的には正反対だが、根底は同じなのかもしれない。特にタイプAが強迫観念や焦燥感、怒りなどで動いているのだとしたら、同じコインの裏表ということになる。



 抑うつそのものが、攻撃性と繋がっているともされる。

抑うつと攻撃性とは裏腹の関係にあり、従来の定型うつ病では、攻撃が内側に向かうために自殺という形で現れた。しかし新型うつ病の場合は、攻撃が外へ向かってしまい、時には自分以外を傷つけるケースが生じることもある。

https://www.fuanclinic.com/byouki/imidas.htm

攻撃性がどこに向くかという話で、攻撃性そのものは有るということ。
別件で、死にたいという気持ちの他に、殺したい、殺されたいの2つも「自殺に繋がる心理」であるとする説もある。

日本のタイプAは表に攻撃性や敵意は出さないとも言われる。断ることができずに仕事を抱え込む仕事中毒の傾向があるとも。ここからだとタイプAと抑うつ者は繋げやすくなるか。


関連:
_精神不安定性 Neuroticism
_特定の病気になりやすい性格の分類 タイプA B C D

過度なリアリズムが必要か

 むしろ適度な現実性ってどの程度なんだよと。まぁ、人それぞれかも知れんが。

別の論文でこういう意見がある。

日常生活,特に対人場面では「客観的な現実」が何か一意的に決まらない場合が多く,精神的健康を現実問題としてとらえ,治療や介入を考える場合,「幻想」かどうかに執着する必要は私には感じられなかった。

「ネガティブ心理学」の一学徒から

これは非常に重要で、つまり我々の暮らす世界とは「認識している」というよりは「予測と解釈で成り立っている」という側面が大きい。

特に対人場面に対してハッキリとした事実を認識することがそもそも無理がある以上、当然予測や解釈をするしかなくなる。人の悩みの大半が対人面での悩みだという点とも繋がるだろう。

裏を返せばその予測や解釈にネガティブなバイアスが掛かるか、ポジティブなバイアスが掛かるかで「世界が決まる」。
期待ができる世界なら生きていけるし、そうじゃないなら死にたくもなろう。

「足場」自体が不確定で予測や解釈により成り立っているのなら、正確さ(=リアリズム)よりも予測や解釈(=認知バイアス)の方がウェイトは高いかも知れない。不適応でさえなければ、それでいいのかもな。




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