努力

軽率な努力と効果的な努力

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効果的な努力

・別にこれは言うまでもないだろう。その行動により目標に近づくなら、それは努力と言えるものだ。

・問題は、「なんかそれっぽい行動」が果たして本当に努力になっているのか、なんかそれっぽいだけなのかという点で。

後から「アレは努力だった」というのは少々怪しくなる。その通りかもしれないが、後付の言い訳かもしれない。

進捗にこじつけられるならまだいいが、それもできずに「アレは努力だったはずだ」からの「だからこのままでも報われるはずだ」というクソコンボだけは避けたい。


・そんな「努力じゃない努力」の一つが、「とりあえず動いとく」というもので。これ自体はそれほど悪くもない。単品で見れば。

ただ努力はいくらかルーチンワークの属性がある。つまり「繰り返す」ような内容になる傾向。加えて人が自分で「よろしいこと」と認識している場合、止まる理由がない。自分からそれを繰り返す。些細なズレがものすごいことになりかねない。

・努力は行動による面が大きい。このため「何がこの目標に対して努力となるか」と考えること自体を努力とは認めることができず、「とにかく何かしらやっていないと」となりやすい。焦りの感情。

当然ながら焦りは人を軽率な行動に促す。「何かしないと」と。

・一方で、勉強してると部屋の掃除めっちゃしたくなるみたいな明らかな脱線の欲求がある。が、個人的な考えではアレは現実逃避やセルフハンディキャッピングではないこともあるのではないか。手応えへの飢えや焦りから生まれる行動欲求の解消に思える。

つまり努力とは、「すぐに成果がほしい」「すぐに動きたい」という欲求とはかなり相性が悪い。これらの欲求は単品で見れば衝動性に近く、計画性、自律心、忍耐力の集合体みたいな「努力」なる概念とは別物だ。

軽率な努力の対処について

・私が知りたい。

今回何より恐れるべきは、軽率な努力の習慣化により膨大な時間と労力を自らドブに捨ててしまうことだ。「脱線」という言葉で片付くような数分の話ではなくなる。

焦点は「リソースと目標に対しての成果が釣り合っているか否か」となる。否ならさっさと辞めるべきで、釣り合ってるなら別にそのままでもいいわけだ。むしろ正道を歩んでいると言える。

・予防としては、ひらめきに対しては「それが本当に目的に通じるのか」を自らに問うことだろう。つまり根拠が必要だが、手探りの分野の場合には根拠なんて元からない。決まった道を歩く努力とは別の努力となる。

この場合は「道を探している」という自覚を持つ必要がある。「ただひたすらそれをやる努力」ではなく、それが本当に正しいのか、手応えはあるのか、経過観察やフィードバック、修正などを行う「調べる/探す努力」をしている自覚を。

これのダークサイドとして、「いつまでも『いい方法』を探し続けて行動しない」という所謂ノウハウコレクターがあることには注意が必要となる。「やって損じゃない限りは、やってもいい」くらいのゆるい基準の方が良い。基本的に思考は行動を抑制する。その分計画的効果的な行動ができるが、考えすぎると「何もしないのが一番安全」となる傾向がある。

「時間を有効に使わないといけない」という強迫観念は人を衝動的にさせることもあるが、反面「損するかもしれないからやらない」という結論を下させることもある。ここでは軽率な努力ならぬ軽率な判断の可能性も出てくる。それは本当に損するかもしれないのか、わからんだけなのかと。

まぁわからんからやらんというのもアリだろう。ただ、その「わからん」というのが「確信が持てない」「保証がない」というレベルだと、大抵アウトになる。安全に対して高望みしすぎと言うか。ここまでハードル高い基準だといつまで経っても自分に行動許可が降りなくなる。

・前述の通り、手応えへの飢えや焦燥による行動欲求の解消として「なんかやる」というのはありえる。これによる「」の発生を仕方のないことだとすると、後から気づき、習慣化する前に修正する必要がある。

単純に自分の行動とその成果の見直しをするしかない。スケジュール通りか、懸念点はないか。

努力信仰のせいで懸念があるのにひたすらやり続けるケースはある。だがそれに意味がないのなら、もはやお百度参りや水垢離のようなオカルトに近い。あれらが「じっとしていられない」という心理からくるものだとしたら、まさしく今回の軽率な努力そのものだ。

・願掛けは願掛けで精神衛生に関して有効ではある。プラシーボ効果とかも実際にあるし、菅原道真のお守りやら緊張しないオマジナイやらを否定はしない。

だがそれらはサイドメニューだな。メインじゃない。山盛りのパセリやポテトを「ハンバーグだ」って言い張ったら頭おかしい。それよりは空っぽの皿の方が問題意識が生まれるだけマシだ。

軽率な努力により本質的な「何やったら良いかわからない」「このままで良いのかわからない」という不安をごまかしている可能性はある。

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