・作業用BGMに求められるのは、
1:テンション/モチベーションアップ
2:集中力アップ
だいたいこの2つ。
リラックスを求めているケースもあるが、作業用BGMにそれを求めているということは本質的な需要は実力を発揮して没頭する=俗に言う集中力であり、細かく言えばフロー状態だろう。
・個人差が大きい。これに加えて作業にどれだけ頭を使うかも影響を与える。頭を使わない作業の方が作業用BGMの影響は大きい傾向にある。
・セルフコントロールとして音楽の可能性は語られている。かなり初期の研究ではBGMなしの方がマシってことになってたらしいが、現代では効果はあると認められている。これは昔と今とでは環境が違うことが大きな理由だと考えられている。多分聞き惚れちゃったんだろうね。
マスキング効果
・作業用BGMの価値として大きいのはマスキング効果だろう。他の音を隠す効果。
・根本的な話をすると、人には「静かすぎると落ち着かない」という面はある。相対的に自分が立てた物音がよく響くからだろう。悪目立ちしやすくなるから制御しようと緊張する。
これは個人差があり、常に雑踏の中で過ごしてきた人間にはそちらの方が落ち着く傾向が大きい。テレビついてないと落ち着かないとか、喫茶店での勉強のほうが捗るだとか。
・この上で「他の人間が立てた物音は気になりやすい/不快と感じやすい」というめんどくさい面もある。他人が景気よくエンターキー押す音とかな。
これらは「気配」というか、BGMというよりはサウンドに近い属性だ。ゲームの背景音と敵が出す物音との違い。
適度かつ不快でない音で周囲のノイズを「隠す」効果のある作業用BGMは、その時点で既に効果はあるとは言える。
・それ以外のセルフ・コントロールとしての音楽に期待できる効果は以下。
イメージ誘導効果:明るい曲で明るい気分に、暗い曲で暗い気分に。
感情誘導効果:曲と気分との同調。静かな曲で落ち着く。アップテンポだとやる気が出るなど。
行動誘導効果:音楽のスピードに行動スピードが合わせられる。これは後述する。
BPMと行動誘導効果
・音楽のテンポを示す単位がBPM。Beats Per Minute。数値が高いほうが早い曲。
商業施設ではBPMが高い曲で客の回転率を上げる/低いBPMで客を長く止めようとする、という狙いを持ってBGMを流している場合もある。
・BPMの高低とタスク処理能力に関する論文がある(https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2010/pdf/JCSS2010_P3-47.pdf)。
BPM140、BPM180(どちらも曲は同じ)、BGMなしの3つで曲を意識するように指示するという条件で試されている。具体的には4桁÷2桁の割り算を制限時間15分には間に合わない量を用意した。
結論から言うと、「頭使わない作業」であるほどに作業用BGMのBPMが与える影響が大きい。
適当にぐぐってBPM140と180を聴いてみたが、140は適度に感じる。180は作業用BGMに向いているとはお世辞にも言えない。まぁこれは私個人の精神テンポ(後述)なのだろう。
ちなみに冗談のつもりでBPM1000に加工した曲を聴いてみたが、まぁ、すごかったね。
・高い認知的負荷をかける(要するに頭が忙しくなる)作業では、作業用BGMの影響があまり見られていない(BGMなしが少しだけ成績が良い)。
これは頭の中が忙しいためそもそも音楽を聞いていないと考えられる。頭を使うべき時に周囲の雑音が不快に感じられるのもこのせいかもしれない。
・次に同条件で中程度の認知的負荷の作業としてPC入力が行われた。ここが結構面白い。
BPM180はテンポが早いわけだが、それにつられて入力数がわずかに上がっている。だが同時に間違いの数が上がっている。BPM140の倍近い間違いがあった。
総評としてBPM180はBGMなしよりも酷いという有様。
これは被験者のタイピング入力速度とBPMの関係が示唆されている。タイピング超早い人間だったらBPM180で好成績はあり得たかもしれない。まぁ大抵の人間に於いては不向きだったようだ。
この辺りから「作業の種類によって快適なテンポがあり、それを超えるとミスを誘発する可能性がある」とも考えられている。
使用された楽曲はショパンの『ロッシーニの主題による変奏曲』である。この曲はBPM180の場合が最も好まれたという研究があり、「好みのテンポと作業用BGMとしての効果は関係ない」という可能性も考えられている。
聴いてみたが、そもそも作業用BGMに向いていない気が…… まぁこの曲が選ばれたのはBPMについて研究されていたかららしいし。
ただし今回の被験者たちにはBPM140に対しての好感度が高かった。個人固有の行動時の自然なテンポを「精神テンポ」と呼ぶが、それに近いのが140だったからだろうと推測されている。
曲としての好みと作業用BGMとしての適正は別物だと思ったほうがいいだろう。
・最後に低い認知的負荷(頭使わない)作業として歩行課題で試された。歩くだけだね。屋外のため、BGMなしのときにも一応イヤホンだけするよう指示されている。
800メートルを歩く時間を計った。被験者に時間を計測していると悟られないため工夫したようだ。大体の人間は時間測ると勝手に張り切るからな。
結果、BPMに比例して素直に歩くスピードが上がっている。
BGMなし=12.27分
BPM140=11.15分
BPM180=10.00分
・被験者の内省報告としていくつか見られたのが「曲のテンポに合わせたくなった」という気持ちが湧いたというものだ。
行動誘導効果は自覚があると言える。
精神テンポ
・人間が特に制限がない時に振る舞う話す速さ、歩く速さなど。要はその者個人の「自然なスピード」を精神テンポと呼ぶ。
BPMにこだわるより、「自分が速いと感じるか遅いと感じるか」で判断したほうがいいかもしれない。
・1970年に発表された研究では、精神テンポでの課題遂行の場合は最も消費エネルギーが少ない、つまり疲れないでいられたという報告がある。
経験的に分かると思うが、自分の自然な歩行ペースというものはある。早い奴に合わせて疲れるのはもちろんのこと、遅い奴に合わせて歩いても疲れるだろう。
これを拾うとなると自身の精神テンポに近いBPMの曲を作業用BGMとし、「自分のペースをより確かなものとする」使い方、あるいは緊張や弛緩により自身の精神テンポではない状態に対して「自分のペースを取り戻す」という使い方も考えられる。
まぁ自分の精神テンポに近い曲を探すのが課題になるが。
BGM:background music
・特にマスキング効果として考えてみる。
・BGMは「背景音楽」とも言われる。メインじゃない。BGMの祖と言われることもあるエリック・サティにしても「家具の音楽」つまり意識されない背景としての音楽を試みた。バーでピアノ弾いてた人なんで客の邪魔にならないようにって考えかららしい。
ともかく、目立つような、鑑賞するような立ち位置としての曲ではない。これは曲の種類ではなく、「意識が曲に向くのはよくない」という話だ。
ここからマスキング効果を期待しての作業用BGMの向き不向きがいくらか考えられる。
・「歌」は不向き。
脳は勝手に言葉の意味を理解しようとする。
・聞き慣れない曲、聞いたことのない曲は不向き。
脳は勝手に新情報は理解しようとする。
・変化がありすぎる曲は不向き。
単純に気が散る。クラシックでホルスト作曲の『木星』って曲があるが、途中で曲がガラリと変わる。作業用BGMに限れば不向きだと言えるだろう。
例えば照明とテレビつけっぱでうたた寝してる家族がいたとして、照明を消す、テレビを消すなどしたらどうなるか。刺激として考えれば眠りを邪魔する刺激が取り除かれたのだからより深く眠ってもいいところだ。
現実には高確率で起きる。「環境を変化させる」と人は状況の再確認をしようとする。脳が勝手に。
・これの反対を考えると、聞き慣れたノンボーカルでテンポは一定なのが望ましいことになるか。
参照:
https://www.jcss.gr.jp/meetings/jcss2010/pdf/JCSS2010_P3-47.pdf