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自制心とマシュマロ・テスト

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・一口に自制心と言っても色々あるだろうという話。

自制心は大体ない

・子供の頃、夏休みの宿題をどんなペースで片付けたかの調査では、7割位が最後の方で必死こいてやったという結果になったそうな。

大人になってもダイエットは大半が失敗する。禁煙・断酒も言わずもがな。人間は上っ面はどうあれ、実際の所はこっちが「普通」。禁煙に成功したって言ってる奴が二ヶ月後にはまたスパスパ吸ってたりだとか。まぁ依存症は気合だけの話で済まないのだが。

誰もが頭ではどうするべきか、どうあるべきか決めていただろう。それでも現在バイアスに負けるのが普通。そのくらい、現在バイアスは「強い」。

・マシュマロ・テストという、長期的な利益のため「今」我慢できるか、という実験がある。「」なのに最初はキャンディーだったんだが。

ウォルター・ミシェルが異なる民族からなる7歳から9歳の子供53人に、

「今すぐ1セントのキャンディーをもらうか、一週間後に10セントのキャンディーをもらうか」

という提示をした。

結果には民族、年令による違いがあったが、経済状況に依る違いはなかったとされる。

ここで見られた「喜びを遅らせる能力」が低かった(1セントのキャンディーを選んだ子)は、父親がいないことが多かった。民族に違いがあると言ったが、片方の民族の子供は殆どが父親がいなかった。

逆に1週間我慢して10セントのキャンディーを選択した子はそうじゃなかった。

これにより、家族のメンバーが揃っていることがこの能力に影響していると考えられたが、これには異論がある。

・前述の父親がいない子たちが1セントのキャンディーを選択したことについて。時間選好率、つまり「今」の優先度が高いことに理由がある場合。

死別か離別かは不明だが、とにかく彼/彼女は父親を「失った」のだとしたら、そういった「喪失」の経験があることになる。

或いは自分が生まれた時には既に父親がいなかったとしても、後から自分は父親を失っていた(或いは今は側にいない)ことは気付くだろう。

特に日本人はそうらしいが「今しかない」という心理的状況では人は焦燥する。初回限定のアレやコレやとかね。
商売的な手法として、金と時間(タイムリミットor経過時間)を天秤にかける方法は昔からある。
大きな喪失を経験した者が、尚更その機会を逃すまいとする心理が育っても不思議じゃない。

・もう一つはキャンディのレア度だ。例えば当人にとって滅多に食べられないものなのだとしたら、それより上の価値のものは想像がつかない。

それより目の前の物を手に入れることを優先するだろう。この場合、「より高価なものを手に入れる」のは大した優先度じゃない。

父親がいない=家計が苦しいとすれば、キャンディは身近ではないかも知れない。経済状況に違いはなかったと言われているが、普通に稼ぎ手が一人少ないんだからそんなわけ無いと思うんだが。この点は怪しい。或いは節約意識としてかなり差は出ると思う。

・ウォルター・ミシェルはこの子どもたちの行動を衝動性のような「我慢の出来なさ」と捉えたが、そうだろうか。
すべてのマシュマロ・テストに共通するが、「本当に待てば多くもらえるのか?」と直感的に疑っていた場合、「今すぐもらう」は妥当な選択とも言える。

相手、或いは提示内容が「信用ならない」場合、「今すぐ確実な利益を」と考えるのは「合理的な判断」と言える。将来的な利益が実質「本当にもらえるか、それとも何らかの理由でもらえないか」の二つの可能性がある(或いはそう認識している)状態だった場合、より確実な「今すぐもらう」は賢い選択とすら言える。

つまりは約束/予定/計画された未来が訪れないかもしれないとの不信。

トラブル発生率など未来が不確定であることへの不安、或いは相手に対しての不信感。金を借りにきた奴が「倍にして返す」と言っても、まず信じないだろう?

こういった「約束/予定への不信」もまた数が多いと思われる。個人の我慢だけの話では元からない。

言い換えれば、「今すぐ確実な利益を取るか、それとも将来の不確定な『博打』をするか」になっている可能性。もしそうだとしたら、認知的な意味ではこれは「意志力を試す」ための前提条件が整っていない実験となる。

・合理的な考えが身についている者は、ささやかな幸福で満たされる者を嘲笑するのが常だが、まぁ考え方から違うだけだから、笑ってる方が的外れで間抜けかも知れんよ。

・総じて私達は、思い通りの行動を取れない時、或いは「合理的な判断」をしない時に「自制心がない」と十把一絡げに呼んではいるが、このような「状況認識」に依る、或いは「価値基準」に依る、「正しい選択」だった場合はある。
「経済学的」には思いっきり間違ってるんだけどね。プレイスタイルとしてはありじゃないかな。

尤も、長期的な目標を地道な努力で達成しようとするのなら、やはり無条件に「今」を選ぶ癖はほぼ邪魔になるだろうが。

・はっきり言ってしまえば、マシュマロ・テスト系列の実験はあまり正確ではないと思う。「何が正解か」を実験者が決めているから。

厳密にやるなら当人に目標を宣告させ、その通りにできるかどうかの実験にしたらいいのに(手間かかりすぎると思うが)、「ガキなら甘いもん好きだろ」というのがまず根本にあるのはどうなんだ。

じゃなかった、「今すぐを選ぶ」=「我慢できない」って判断も、バイアスじゃないかな。

・次にスタンフォード大学で4歳の子供達を対象に行われた。

テーブルと椅子しかない、気が散るような部屋に座らせる。テーブルの上には皿があり、その上にはマシュマロが一つある。

「私はちょっと用がある。君にそのマシュマロはあげるけど、15分して私が戻ってくるまで我慢できたらもう一つあげよう。食べちゃったら、それはなしだよ」

・前回の実験とは違い、他にやることもない部屋で15分待たなきゃいけない。嫌でもマシュマロが気になる。その様子を当然監視カメラで見てるわけで、子どもたちは色んな「努力」をしていた。

ある者は欲求を和らげるためか、匂いを嗅いだり、撫でたりした。
またある者は目を塞いだり、後ろを向いたりした。

匂いを嗅いだり撫でたりと「近づく」ような行動を取った場合、マシュマロを食べてしまう率が高かった。

目を塞いだり、後ろを向いたりと「離れる」あるいは「気をそらす」ような行動を取った場合、15分我慢できる率が高かったという。

以上から「我慢」よりも欲求を大きくさせない「工夫」の方が効果的に自制心を発揮できると言える。

・この実験は1988年、2011年にも追跡調査され、この時の自制心の有無は成長してもずっと継続していること、我慢できたグループは優秀だとされていること、能力的にも実際に有能であったことが明らかになっている、とされているのだが。この子どもたち全員大学の関係者だったりする。

・後に広範囲より集められた900人の被験者に依るニューヨーク大学、カリフォルニア大学による再現実験では、「マシュマロ・テストの結果は限定的」との結論が下されている。

複合的な分析が行われ、被験者の人生の成功の有無は、被験者の「経済的背景」に依る影響が大きいとされた。まぁ金持ちの子供は学歴高いって結果になったと。

我慢できなかったとされる子どもたちは、相対的に貧しかったと言える。先程述べた通り、価値観が違うだけ。マシュマロ一個に対しての重要度が違うだけの話で片付く。

また、

1:貧しい環境では「次」がいつになるかわからない。

2:貧しい環境では、「約束」が果たされない(相手が果たせない)ことが比較的多い。

と推察され、このため「今」を優先する傾向が強化されるとの意見がある。貧困にも幅はあるが、総じて「明日どころじゃない」という意識の環境下ならそちらに適応するだろう。

もう一度言うが、マシュマロ・テストに類するものは「意志力の比較・計測が出来ていない」と感じる。

ただこれは、裏を返せば「意志力以外の自制心の要素」があるということだ。心を鍛えるなんて抽象的なこと言ってる暇あったらこっちを工夫したほうが良いと思われる。

・監獄実験と言い、一定より昔のスタンフォードの実験はこういうの多い気がしてくるな。持論の証明のために恣意的な部分があるというか。スタンフォードに限らないかも知れないが。

1つめキャンディのテストで経済状況に違いはなかったと言われていることを疑っているのもこの点。

まぁ多分研究者バイアスとかの存在が知られてない時代だろうから、そうだとしても悪気はないのかもしれないが。

「喜びを遅らせる能力」

・グリットにも通じる話。

人間の理想、目標、夢の実現などの理性的な欲求は、すぐには叶わず、努力の「積立」が必要な属性が強い。加えて自ら意識して決定しない限りは少しもたまらない。

反して人間の本能的な欲求は、
今の自分の状態つまり、

腹が減ったら何か食いたい、
眠気があるから寝たい、
或いは誘惑的な何かを目の前にした時それを手に入れたい、
或いは退屈や気晴らしに何かをしたい、
集中している時のこの作業以外ならなんでもいいから別のことしたい

など、「今」に何かしら発生源があり、それへの「対応」として発生する。脳内優先度としては元から本能的なものの方が高い。

動物としては欲求が正しい。これは「いつ死ぬかわからないから」という前提の判断に他ならない。

人間の自己コントロールに纏わる悩みは、この今まで補助輪のように我々を生き延びさせてきた本能的価値観が足かせになっていることに由来する。まぁ人間の価値観がそれだけ特殊になった。いや、判断が寿命を全うすること前提になったのか。

・欲求・衝動が理性的に見て的外れなのだとしたら、既に湧いてしまったこれら欲求に対しては「我慢」か、それは的はずれなのだという「理解」を促す自身への説得しかない。マシュマロ・テストの子どもたちのように「忘れる」ことを目指すのも手だろう。

・また、今回浮き彫りになった我慢できなかったとされた者たちの「チャンスの過大評価」の傾向。対象への飢えのような感情と、「次はない」と考える切迫したイメージは、人を軽率にさせる。

関連した話としてはタイプBという性格がある。彼/彼女達は体感時間が他と違い、このため「時間は豊富にある」とする錯覚を抱く。総じてせっかちとは反対の方向の性格をしている。

「無欲の勝利」というのもこれだろう。必要以上の関心がなければ、フラットでクレバーな心理的距離感で対処できる。リラックスが必要かな。

参照:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%9E%E3%83%AD%E5%AE%9F%E9%A8%93







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