完璧主義

プロダクトファーストと完璧主義

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完璧主義は「諦めが早い」と言われることがある。完璧にできそうにないからすぐに「できない」「わからない」と言うような。「だらしない」と言われる場合もあるそうで、それもこっち側に入る。

一方で、「諦めが悪い」場合もある。特に一度手につけた場合、完璧になるまで弄くり続けるからだ。裏目に出て余計なことせん方が良かったとかもあるが。

完璧主義は時に邪魔となる

完全は善の敵 -ヴォルテール

完璧主義は創造力の敵である。 -ジョン・ホイヤー・アップダイク

完全主義は何もできない。 -ウィンストン・チャーチル


一見これらは完璧主義者を嫌っているだけにも見えるが、大抵こういうのは自分の中の完璧主義を抑えるために口にされる。
逆を言えば、心がけてないと陥る。なにせ多くは不安感から来てるからな。完全欲求。


ビッグファイブの神経症傾向-ネガティブ思考-完璧主義には繋がりが見える。
不安感-悪い予測-その対処としての完璧、と。
これ自体は防衛的ペシミズムとして機能し、つまりは用心深く慎重な人、で済むのだが。

不安や恐怖って「できたら逃げたい・やりたくない」気持ちでもある。もちろんそれ以上にやらなきゃいけない理由もあるのだろうが。
なので落とし所として「準備・対処と称して結末を先延ばしにする」、「やってるフリして逃避する」のは十分にありえる。もう逃げられなくなるまで。

先延ばしをする完璧主義者と、締切の設定が人を動かす理由でもある。

あるいは不安→確認の無限ループ。


何れにせよ、生産性という視点ではよろしくはない。無価値と断じて踏み潰すのもよか無いと思うがね。

プロダクトファースト

プロダクトファーストとは、まぁプロダクト(製品)がファースト(第一)なんだよ。作る側の視点ね。

エンジニアを中心に使われているようだが、どうも本来はチームファーストの対義語?
なので、煩わしいミーティングとかくたばれとかそんな話の方が多くでてくるが(なお、どっちも必要なものだとはされている)。

一部ではこれに倣って、同じ言葉で「完了主義」とか、「やり遂げることを優先する」とか、そんな考えを指す言葉として使われる。今回はこっち。

完璧主義という始点で考えれば、「完全欲求」と「タスクの完遂」の二択で、後者を選ぶこと。この2つがイコールで繋がってるかも知れんが、大体は完全欲求は「やりすぎ」かつ「融通がきかない/小回りが利かない」なわけで。本来のプロダクトとチームの関係と一致する。

「プロダクトファーストの局面で、チームファーストの方針を取っている」時に生じる、成果への期待と実際のギャップである。

チームとして間違ったことはしていないのに、思うような結果がついてこない、という状況に対する説明ができるようになる。

https://note.com/papanda0806/n/n089037da9312

これは全体最適と部分最適の関係に似ている。部分最適はよく個人単位、部署単位のエゴとして扱われるが、本来の目的であるプロダクトに焦点を合わせれば、「最適」となる。もとより全体最適は過剰で、部分最適では足りなかった場合は。個人単位ではこれはタスク、計画あたりになる。

完璧主義関連で以前やったが、「自分の100点と相手の100点は違う」というズレもある。自分の100点(上記引用で言えばチームの100点)に拘っても、報われるとは限らない。
ついでに言うと、サービス業におけるユーザーからのクレームで多いのは「遅い」だそうな。


フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ曰く Done is better than perfect.
「完璧を目指すよりまず終わらせろ」。

完成された物をリリースするのではなく、コンパクトなサイクルで素早くリリース、小さな改善から多くを学ぶ、と。

個人的に完璧主義が特によくないと思うのが、提出・発表が遅れる事によりフィードバックを得られない、あるいは間に合わないことだ。

例えば任された仕事は終わったが、期限ギリギリまで提出はしなかった。で、終わったと思ってたけどミスがあった、仕様を理解してなかった場合にはやり直さなくちゃいけないが、もう時間はない。もうこれで詰む。これはフィードバックに応えられないということだ。

じゃけんさっさと提出しましょうねと。特にプロダクトファーストなんて言わなくても、これはビジネス方面の話で見たことあるかも知れない。

(特に不適応的完璧主義に「一発で成功しなきゃいけない」信念が見られる。実際仕事早いのに見せるの遅いのはいるわけで。これは時間リソースを無駄にする)


なんなら完成しなくてもいいかもしれない。有名所でAdobe Flash Playerがある。

御存知の通りセキュリティの脆弱性があって終了したが。逆を言えば1996年からそのまま2020年まで現役でい続けた。終了しちゃったせいで古いフラッシュゲームとか全部死んだ。ガッデム。

これが完璧にバグを探し、完璧にそれを潰し、完璧な製品が出来上がるまで「隠しておこう」なんてやってたら、サブカル方面の歴史は冗談抜きで変わっていただろうね。

ソフトウェア開発でそんな事やってるとこみたこと無いが。AndroidもIOSも時々アップデートあるだろう。割と社会の根幹を為す部分が、プロダクトファーストで回っている。

逆を言えばこのためには「抑えなきゃいけないポイント」を見極めなくてはいけない。起動したらPCぶっ壊れるアプリとかゲームとか極々稀にある。ウイルスでもなんでもなくバグで。

創作の場合はどうなんだろうね

クリエイターの場合わからん。マジでわからん。というか、私自身がそういった拘りが異様な作品が好きだし。完成度高いほうが消費者としては良い。

だいたいアレだ、完璧主義って言い方するから病的なのも含まれるだけで、創作における「凝り性」「拘り」とか言えばなんかもう消費者は喜ぶような感じになる。好きな作家は大体クオリティ高くて遅筆だしな。

後はなんかこう、作りたくて作ったんだろうなぁと思えるようなのは好きです。好みの話です。関係ないね。

プレイヤーとしては「手際」は求められる。依頼者からも。ただ消費者は、それまでの苦労や手際の良さなんて関係なく、結果のみを見る。まぁズルイ立場とも言えるかな。


こだわり続けて成功した例としてはジョブズやディズニーがあるが、個人がやるようなレベルではない。

Jobs氏とDisney氏の製品に対する妥協なき完璧主義は、両社の製品を象徴するアイデンティティとして結実し、膨大な数の消費者を魅了した。その完璧主義は、消費者のロイヤルティをカルト的なレベルにまで押し上げた。

同時に、その完璧主義は真似るのが極めて困難だったため、競合他社の参入を阻む障壁としても機能した。

https://japan.zdnet.com/article/35082974/3/

完璧主義の果てにブランド化、オリジナリティを得た。他人は「そこまでは真似できない」と思うラインをぶっちぎってるのだから当然といえば当然だが。

なお両名スタッフを使い潰す傾向があった。ジョブズはアップルを一度追い出されたが、ディズニーも他所からの引き抜きに大量に主力だったスタッフが応じている。

彼らが自分で自分を使い潰せるか、といえば怪しいものだ、と言いたかったんだが、両名とも比較的早くこの世を去っている。使い潰しちゃったのかも知れない。


レオナルド・ダ・ヴィンチもまた完璧主義者だとされている。メモ魔であり、大量のノートが遺されているが、多作ではなく、「作品」は少ない。一方でデッサンやドローイングは多く遺されている。

多くの研究、練習の跡が残されているということ。求道者に見える。思うに彼は、適応的な完璧主義だったのだろう。

私は詳しくないからよくわからんが、少なくとも最後の晩餐やモナリザは仕事として頼まれて描いてるよな。ほっといたらいつまでも研究と練習してたんじゃないのこの人、と思わなくもない。


創造的な仕事もプロダクトファーストで有るべきか、という問題は、「習作」か否かで大きく分かれるだろう。フィードバックが欲しいかどうか。これで良いのか悪いのか。「質」ではなくて「方向性」を問う場合は有効だ。

どこ知りたいのかちゃんと質問にするべきだけどねー。脊髄反射で好き嫌いだけ言うってのが、何も考えてない時の人間のデフォだと思ったほうがいいね。

切り上げ時

問題は、創造的な仕事は「ゴールが明確ではない」点にある。規定された器を作業量で満たせば良いわけじゃない。創造的な仕事においてはその「器」が不定形だ。
常に「もっとよくできるかも知れない」念は湧く。いつまでも。

つまり「切り上げ時がわからない」という問題は、自主的かつ創造的作業においては頻繁に発生する。嫌々やってる者の方が手際がよかったりもするわけだ。

加えて自分で作って、その果てに「これじゃない」みたいなこともある。
「すべての作品は習作だった」とか「一度も自分の作品に満足したことなんかない」とかそんな言を見たことも有るな。
著名な、創造的な分野においての成功者がそうだとするのなら、「切り上げること」は非常に重要なことだと言える。どこで切り上げんのかって問題がでてくるが。

裏を返せば自分の作ろうとしているものが、習作となるか否かが自分でもわからんとこはある。期待はあるだろうけれど。ここは結果論で決まるのかも知れない。
「習作」とするなら、反応を「引き出す」ことに終止してもいいわけで。実験的な試みも可能だろう。


以上は自主的な話(というか時間が潤沢にある状況)に限るが。漫画家で大事な素質は画力やシナリオじゃなくて「締切を守ること」だ、なんて話もあるし。
では彼らは「完璧」だと毎週・毎月確信しているのだろうか。だったら単行本化の際に手直ししないだろう。よしんばそうだったとしても、その際には手直し「できる」様に目も腕も育っているのだし。

「今の完璧」が後で完璧じゃなくなることはある、とは言える。この上でそれを意識するべきかどうか。


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