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失敗恐怖症/敗北恐怖症と完璧主義

投稿日:2020年5月20日 更新日:

・病みそうな完璧主義は不適応的完璧主義と呼ばれる。

失敗に対して過敏に反応し(失敗過敏)、自分の行動にちゃんとできているのかなどの漠然とした疑いを持っている傾向が強い(行動疑念)。

 

・適応的完璧主義と同じく完ぺきを求める気持ちと高い目標を持つ傾向は同じなのだが、失敗過敏と行動疑念は不適応的完璧主義の方が強い。

つまり失敗に対しての意識の違いが健康的か不健康的かの分かれ目になる。

 

失敗恐怖症

・失敗を意識しての極度の緊張や恐怖としては、失敗恐怖症あるいは敗北恐怖症がある。当人がリスクがあると判断した行動に対して極端に反発や抵抗をする。

失敗することに依る「恥」を避けようとする心理からだとされている。自尊心が高い傾向が強い。恐怖症の一つとされている。

 

・損失回避欲求や拒否回避欲求というものはある。損や危険を避けよう、嫌われたり拒絶されたりすることは避けようとする心理。

拒否回避欲求は現状のキープに近く、承認欲求の一つだ。このあたりは「自尊心が高い傾向」と共通する。まぁ要するに自分を駄目だと思ったり思われたりしたくないってことだよ。誰にでもあるね。

不適応的完璧主義はこれらが極端に強い状態と言える。

 

義務と目標

・パッと見は失敗に対しての扱い(失敗過敏と行動疑念)さえ改善できれば不適応的完璧主義は適応的完璧主義になれるように見える。だがもっと根源の、そもそもの目標たる「理想」の立ち位置が違うような気がする。

 

適応的完璧主義にとって理想は理想だ。理想ってのは、ある意味長期目標だ。間違っても今すぐできないとならないということはない。だから一時的な失敗を許容できるし、今できない自分を許せる

不適応的完璧主義が目的達成ではなく失敗恐怖に近いのは、理想が義務に近い立ち位置だからではないか。今すぐにできなきゃいけない。できなきゃ自分に価値はないと。この内面は別の区別である社会規定型完璧主義と一致する。

 

ある種の「目的像」の分類として、理想自己と義務自己って考えがある。理想の内容ではなく、当人がそれをどう思っているかで変わる。

理想自己はそのまま理想の自分。目標とかに近い。義務自己は当人が勝手に思い込んでる世の中の基準。

適応的完璧主義は理想自己を叶えようとしている。不適応的完璧主義は義務自己を果たそうとしている。

 

・不適応的完璧主義の場合、目標自体が強迫観念になっている状態に近い。義務自己は社会的な視点であり、当人が考える「他人の目」「世間の目」とも繋がっている。

つまり「できなきゃ自分に居場所はない」という出来て当然出来なきゃリンチの碌でもない価値観になる。

裏を返せば不適応的完璧主義の場合はそもそも目標達成が目的ではない。不安や恐怖といった負の動機に突き上げられている状態。恐らく2者は別物だ。

この上で不適応的完璧主義の場合、もしかしたら、やりたくてやってることですらないかもしれない。

 

成長とアウトプット

・確実に存在するんだが、老人でもないのに「自分が成長する余地がある」ということが全く念頭にない者がいる。

 

彼/彼女たちに取っては全てが入試試験当日のようなできなかったらおしまいのアウトプットであり、学習や成長の機会だとは決して捉えない。

次があると毛ほども思っていないし、何かに活かそうとも考えない。できなかったらおしまいだから、学ばないし改めないし課題を見つけようともしない。もう終わってるから。ただひたすらにトラウマになる。

「これは自分には無理だ。今度は最初からやめとこう」

これを積み重ねていく。皮肉なことに学習性無力感だけが異常な速度で発達する。

ハッキリ言うが、この上で負けず嫌いだった場合はやたらと他人を妬むか人の足引っ張ることが生きがいに成り下がる。他にやることないから。

 

・恐らく、もしも不適応的完璧主義から失敗恐怖症が抜けきった場合、もう完璧主義ではなくなると思う。完璧への動機自体が前述の通り「負の動機」だった場合には。

どうなるだろうね。好きなことや興味のあることに楽しみながら/期待しながら挑戦できるかもしれない。

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