特に、毎日のやることをTodoにして管理している人向け。
ECRSとは
生産現場における業務改善のためのフレームワーク。イクルス。
- Eliminate(排除)
- Combine(結合と分離)
- Rearrange(入替えと代替)
- Simplify(簡素化)
の頭文字。不足なく、やりすぎもしない改善が期待できるとされる。
「再・最適化」という感じ。
注意点としては、「必ず順番通りにやる」点が挙げられる。
Eliminate(排除)
排除、削除、除去。そのタスクは「削れないか」、という視点。
可能な場合、その分のリソースは全て手元に還る。
特に目的やゴールが不明瞭なもの。
ある事例として取引先に毎月、送付していた業務確認書をある時、思い切って送付するのをやめてみたら、確認書が来ないことに対して取引先から1件も苦情が来なかった事例もあります。
https://logist.bz/improvement/2914/
実行コスト自体は少ない。決心が必要かもしれないが。
個人での無駄な作業の見つけ方
参照:https://www.lifehacker.jp/2021/03/231739improve-productivity-applying-ecrs-method.html
何が無駄なのか、を考えるためとして、タスクを、
- 主作業(成果に直結する)
- 付随作業(主作業の準備にあたる)
- 無駄作業
に分けるという考え方がある。1は当然そのままで、2は短縮化、3は切る。
無駄作業の内訳だが、
- 過度なSNSやメールチェック
- 必要以上に丁寧な準備など
- リテイク(やり直し)
- オーバーアチーブ(過剰達成。やりすぎ)
等が挙げられている。最後のは個人の気質もあるが、期限やゴールを決めない・確認してないことに依る不安が理由のことも有る。「念の為」みたいな。
特にオーバーアチーブは「要領の悪さ」の一種だ。ゴールがわかってないから深く過剰、要点がわかってないから広く過剰、わかっていてもやっとかないと不安でしょうがないから時間ギリギリまでこねくり回す、ということだ。
ハッキリ言ってしまえば、状況に対しては適応していると思うんだこれ。「わからないからとりあえず」、っていうのはそれほど悪い手でもないだろう。ただ、その状況つまり「わからない」のは、状況把握をおろそかにしたせいかもしれない。
総じて当人の悪い意味での習慣化、悪い意味での義務感などが根底にある。「何故かいつもこうなっちゃう」みたいなパターン的に問題が発生する場合は大体当てはまる。
こうしてみると排除とは言うものの、実際には「加減を考える」という要素のほうが大きいか。そのためにはタスクへの理解は必要となる。これにはゴールの明確化を含める。ワンオフならそうでもないが、日常的に何度もやること相手なら、そういった深堀りも時間の良い投資先ではなかろうか。
少し厄介なのが、無駄作業が上記分類で言う所の「付随作業」に擬態している面がある点。
案外、工程ではなく、「何のための作業か」が元からあやふやで、その分「なんとなく気になるから」とか「念の為」として余計なことが増えやすい面もある。
Combine(結合と分離)
「まとめられないか」という視点。
同じ設備や道具で片付けるもの、一括でやれば効率が良いものなど。
分業していることを一人でできないか、別々の工程や作業を一括できないか。
Rearrange(入替えと代替)
これはタスクではなくて、環境面の話。
順番を変えて手順の最適化、場所を変えて準備や片づけの効率化など。
部分最適と全体最適という考えがある。部分最適はその一点ではいいが、他との繋がりに於いて支障が出かねない。全体最適を意識するのが好ましい。
「このタスクはこの場所・この方法が最適だ」というのが事実だとしても、他のタスクや人から見てクッソ邪魔だった場合、むしろ生産性は下がっている。
性格は悪いが仕事だけはできるいわゆる「ブラック社員」は、クビにした方がチームの生産性は上がるって話もある。これも部分最適(個人)として見れば良いが、全体最適(チーム)の生産性が落ちている例。
順番を変えるだけで効率が変わる、というのはある。
モチベーションの面でも、順番を工夫することをやっている人はいたりする。次に手を付けてから、完成品を上げることで、自分が止まらないようにしているだとか。
このブログも一日で見て「書く→UPする」ではなく、「予め書いたものをUPする→次を書く」、という工程で作られている。別にモチベは上がらない。ネタ考えることから始める時の萎え具合が異常なだけだ。
何れにせよ、目的や目標に対してより効果的な配列にすることを考える。
改善・改良ではなく「再配置」というリセット的な視点で。
Simplify(簡素化)
もっと簡単にできないか、という視点。
スリム化を目的とした改善・改良。単純化。
デジタル化、自動化がわかりやすい例だとは言われる。エクセルのマクロとか。
意外なことにこれが最後となる。
ただECRSを振り返ってみれば、存在価値を問う、独立性を問う、環境を問う、内容を問う、と割と利に適っていると感じる。
タスクを削る必要性について
個人単位での話。特に習慣的な部分。
絶対増える
まぁ増えます。達成するより思いつく方が早いからね。取捨選択をせず、誠実に全てを達成しようとするならば、潰れるだろう。
特に習慣的な要素。中でも自己投資的な長期目標の一部であるタスク。勉強をするなどのトレーニング系のタスクとかの、少しずつ積み重ねる、あるいは大きな目標を少しずつ削り取っていくタイプの。
当然達成・到達までは長い。その間に「次」が生まれる。そうしたら増える。一つとは限らない。
つまりは理想や希望を食ってtodoリストは太る。
Todoリストの「常連」の件もある。つまりいつまでもリストに居残っているタスク。
これも気になったってだけで直にリストに描くとかやってるとこうなる。=吟味せずに自動的にやると決めている状態なのでたちが悪い。
GTDみたいに2分で片付くなら考えずにやる、それ以上なら考えて決める、くらいはしたほうがいいが、そういうことをやらないならすごい勢いで増える。
塩漬けにしている間に、情熱も達成する価値ももうなくなっているかもしれない。ある意味既に失敗に終わっており、それが未だに生きているフリをしてリストにいるのだからゴーストやゾンビとも呼べる。
このあたりの話は、希望や理想に燃えた計画実行段階では全くカバーされない。というか、ノリや勢いで決めてたことに気づいたほうがいいだろう。
アポトーシスと「死んだタスク」
もはや達成や継続に価値がないタスク、工程。
モチベーションもそうだが、必要性も状況で変わる。「もうやらなくていい」あるいは「もう間に合わない」という終わり方をするタスクは有る。
元から大した価値が無いタスクの場合、これで良いことも有る。なのでアイゼンハワーマトリクスで言う「緊急じゃないし、重要でもない」という領域は人によっては「ゴミ箱」とすら呼ぶし、そこに仮置して、死んだらまぁ成仏してもらう、というのも十分にありだとは思う。
ゾンビタスクがいつまでもリストで生きているフリをする大きな理由は、期限を決めていないから。期限とはタスクの寿命だ。それがないというのは、ある意味テロメアを修復できるガン細胞と同じ状態だ。
ゾンビ化した習慣的タスクを今でも律儀に実行しているとしたら、無駄にも程が有るということになる。
本来の細胞にはアポトーシスと呼ばれる、自殺する機能がある。これは「全体をより良い状態に保つための積極的な死」である。言ってみれば、タスクを削る・見直すことはアポトーシスの機能に近い。
これの重要性は、例えば我々の手が証明してくれる。指が5本に分かれているが、アポトーシスが起こらなければ5本に分かれない。
「アポトーシスが起こらないTodoリスト」あるいは工程を考えてみる。
夢と失敗と諦めのログに成り果てたTodoリスト、「念の為」と継ぎ接ぎし不安障害の内面の描写のような作業工程。
ぶくぶくと際限なく膨れ上がり、必ず手に負えなくなる。そもそももはや「そこに書いてあることを実行する」という代物には見えないかもしれない。
「入れ替え」以外は全て「追加」となる。膨れ上がったTodoリスト(あるいは漠然と実行している日々の習慣)は、そのまま指が分かれていない手のひらのようになり、その内意味をなさなくなる。
「やることが書いてある」のがTodoリストだ。既に置物と化したタスク・やる価値がないタスクが有るのだとしたら、もうそうなっている。
そしてリストを見直さないならば、唯一の解決法は「もはや無価値・ここまでやる必要はないと薄々感じながらもそれをやる・やり続ける」こととなる。呪いか。
自動埋葬
おたまじゃくしがカエルになる際に尻尾がなくなるが、これもアポトーシスだとされる。「死に損なった邪魔なタスク」が未だに残っているのは、尻尾の生えたカエルと言える。
前述の「緊急でないし、重要でもない」、他にはやらないことリストあたりでやったこと。優先度をつけ、重要なものから手を付ける。
それはどうでもいいタスクの優先度を下げ、ともすれば時間切れを迎えて穏便に「埋葬」することともなる。それがそこら辺に転がってたら、まぁ困る。
タスクに期限を設定するのは、「死んだら自動的に墓場に行ってもらう」システムともなる。なんとなくでタスクを追加するのが常ならば、とりあえず日にちを記載したほうが良いだろう。一週間やそこらまで未着手だったら埋まってもらうってことで。
少なくともそのタスクをやるかどうかと、思いついた時の感動や興奮とは、全く関係ない(その場でやらないならだけどね)。情動というやつはハシゴを掛けて高いところに当人を登らせ、すぐにそのハシゴを回収する。
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