仲良くなるとめんどくさくなる

・相手に依る場合と、相手を問わない場合がある。

「仲がいい」ことの証明、あるいは義務

「仲の良さ」のイメージ自体が人それぞれだったりする。その内容や、双方との食い違いによっては問題は出てくる。とくに問題となりやすいイメージは、

  • 秘密の共有をしなくてはならないと思っている。
  • 常に一緒じゃなければならないと思っている。
  • 全て受け入れなくてはならないと思っている。

これらは幼稚なステレオタイプ(子供が想像するナカヨシ)でもあるし、迷惑な誤信念でもある。
見えてくることがいくつか。



1。これらを「演じる」事によるストレスや、相手がこれらを前提としていることに依るストレス。

基本的に全てプライバシーの侵害にもなり、プライベートを潰す。実際「監視されているようで嫌になった」という声もあった。

プライベートやプライバシー、言ってみれば「個人であること」に対しての危機感を与える形が多い。仲良くなる=「侵食される」という感覚は、別に珍しいものじゃない。まぁ全然感じない人もいるが。



2。意思表明はあまりできないタイプが多い。調べて見て回っても多かった。簡単に言えば断れない、ノーと言えない、この上で人当たりがいい、気がききすぎる傾向がある。

この上でだと、相手が別にアッパー系コミュ障じゃなくても「侵食」の形になりやすい。我慢してしまうから。ちょっとそれいやなんですけどーって言えば済むようなことでも。

自己主張が行えない、ノーと言えないタイプは、「ノンアサーティブ」とも呼ばれる。自他尊重において「自分を尊重しない」タイプのコミュニケーションの態度

特徴として、表面上は相手を立て、自分は我慢するのだが、内心では「相手も自分と同じ気遣いをして当たり前」と思っていたりするとされる。
加えて「自分の考えは相手に伝わっていると思っている」ことも挙げられる。

その結果として相手が「わかっているのにその態度」に見える。性格が悪く、図々しくも見えてくる。当然不満も出てくるだろう。

要するにその不満、相手は全く無自覚かもしれない。言えば改める誠実な相手でもだ。
実際、なんか馴れ馴れしくてムカついて速攻距離とった話があったが、「今にして思えばまず嫌だと伝えればよかった」、という後悔で終わっていた。



3。誤信念の実行に依る現実との齟齬。
信頼の基準を「いかに本音で話せるか」で測っていたため、双方大ダメージを負って崩壊したなんて話もあった。
間違った価値観は役立たずどころかマイナスになる。

自分らしさと人付き合い

距離が近いと一種の「危険」を感じる、馴れ馴れしいと前述のような「侵食」に感じる、というのもまた不思議でもない。実際プライバシーは侵害気味になるし、そうじゃなくとも一人の時間が減ると自分らしさを感じる機会が減る。

自分が自分のために動いている、自分が自分らしくある感覚を「本来感」というが、これは基本的に「社会的」な活動で減る。友達付き合いはアウト気味のグレーってところだろうか。ハッキリ言ってしまえば、過度に社交的な人間は「自分がない」傾向を見て取れる。

これが非常にデリケートで、褒められてもダメだという。他人の評価という意味では変わらないから。

人間関係である限り、我慢とか付き合いとかがある。別に陽キャも陰キャもここは関係ない。大抵の場合は特に意識せずに周りと合わせることが出来るとは思うが、「合わせること」それ自体が本来感とは逆の、社会的な行動だ。まぁそんなもんなのであまり気にしないほうがいいけれど。

ともかく、常時密着されたら「自分」がすり減る。この上で先に挙げた誤信念のような、「そうしなくてはならない」と自分ですり減っていくか、相手がグイグイ来るか。

好意を向けられると逃げたくなる

仲良くなると、というか「相手に好かれると逃げたくなる」というのは実際にある。

アダルトチルドレンのタイプの一つである、プラケーターがそれだ。

一見無私の奉仕に見えるような、「母親の愛情」に似た無条件の愛情を多くの人に向けるため、優しく、気がきき、人に好かれやすい。女性に多いが、男性でもあり得る。

ただし当人は他人の面倒を見ることが自分の存在意義みたいなところがあるため、好意を向けられるとどうしていいかわからず戸惑い、時には逃げたくなる。

長く続く人間関係

・実際の長く続いている人間関係ってのを見ると、個人的には3通りあると思う。

  1. お互いに自然体な上で相手の欠点を気にしない
  2. 適度に距離が保たれており、なおかつそれを維持している
  3. 片方が我慢し続けている

1は相性の問題か、高い精神性が求められる。
2は距離感を気にする必要がある。
3は気持ち的にはもう終わってる形だけの関係。

相手との関係がめんどくさくなる理由も同様。

1は相手と気が合わないか、許容できない部分がある。つまり自分が自然体ではいられない。

2は気を使いすぎか、相手が踏み込んでくるか。

3は言うまでもないだろう。

「仲良くなる」の2種類

・「仲良くなる」には2種類ある。出だしから違う。

1:空気読んで、相手に合わせて、結果相手に気に入られて仲良くなる

2:素の自分と相性良くてなんか親しみを持たれる

・大体は1のほうが多いだろう。「需要」に応える感じ。転校生デビューやら公園デビューやら、自分が「新参」になる場合は特に。上下関係の場合もしかり。

1で仲良くなるってのは、悪い言い方をすれば「演技がうまくいってる」ってことだ。目的は最初から「相手に受け入れられること」。

相手が気に入ってるのは演技している自分=「キャラクター」だ。その関係が続くためには演技を続ける必要がある、と感じている。サービス業的な疲れ。

・2はなんてーかこう、「おまえそういうとこだぞ」とか気楽に言えるような間柄というかなんというか。これは「受容」であり、その対象は素の自分だ。仲良くなろうと思って仲良くなったと言うより、結果的にそうなった感じ。

お互い気楽になれるが、度が過ぎれば馴れ馴れしさともなる。これはこれでめんどくさいと思う余地はある。

・片や仲良くなるほど緊張する、片や仲良くなるほど気楽でいられる、と正反対の結果になる。
人間関係に対してめんどくさいと言うよりも「大変」「疲れる」と感じているなら1の可能性のほうが高いだろう。2の面倒くささは腐れ縁とかそっち系。

・ただこれは当人の主観であり、演技が受けてると思ってても相手は既に見透かしてて、その上で気に入っているのかも知れないということもあるが。つまり自分は1だと思ってるが相手としては2。この場合完全に取り越し苦労になるな。

当人は2なのに相手は1だと思ってることもある。礼儀正しく誰とも一定の距離を置くのが素なのに、もっと馴れ馴れしくしてほしいと相手が願うなど。

相手は「心を開いてくれない」とか思ってるわけだ。しかし当人から見るとそれは「素を受け入れてもらえない」となる。意外と「落ち着く距離感」もそれぞれだね。

仲良くなるとめんどくさい相手

・大体は図々しいか支配的(または過干渉)になるか。よく口出しをするようになる。

・「甘やかしてくれる相手」を求めているような、実際めんどくさいのもいる。自己愛とか、自己愛的甘えとか。


あとは脱抑制性の愛着障害なんかも思い浮かぶが、アレは初めから馴れ馴れしいとかだから違うだろう。

単純にバカップルのごとく(同性でも)ベタベタしたがるだとかもある。これはパーソナルスペースの侵食で、「図々しい」に入るかな。

要は距離感を保つことを最終的に放棄するタイプ。悪気があるとは限らないのだが。

・「仲がいい状態」のイメージが結構人それぞれ。こういうのが「理想形」な人々。

関係の理想も結構色々だ。

一度くらいは喧嘩しておこう、

思ったことは思ったままに全部言おう、

好きも嫌いも全部同じじゃなきゃいけない、

いつも一緒じゃなきゃいけない。

理想形だからそれらを「目指している」。

まぁ、相手の好みも考えずにそれらを押し付けるのなら、悪質な人形遊びに過ぎない。

仲良くなりすぎた

・相手が元からめんどくさい奴だったケースもあるが、それとは別なケースも有る。

相手が大事になりすぎて、気を使いすぎるようになり、疲れるケース。

・「仲良く(親しく)なる」ってのは、もちろん相手がいる話だ。お互いに仲がいいとか、親しみを感じている状態。

これが相手が無機物だったらどうだろうか。この場合、表現としては「気にいる」って感じになるか。

例えば「マグカップが気に入りすぎて嫌いになった」とかあり得るだろうか。まぁないな。

では「マグカップが気に入りすぎて使うのがめんどくさくなった」はあり得るだろうか。こちらはあり得ると思う。なぜなら「大事に使いたい」という欲求が生まれるからだ。

割らないように常に気を使い、洗う時も傷めないように洗剤やスポンジに気を使うかもしれない。しまう時ももちろんだ。

大事であればあるほど、その扱いは丁重になって不思議はない。「気楽」には扱えなくなる。

病的に大事にしすぎた場合、いつかマグカップが割れたら、悲しみとともに「これで楽になれる」という感情が浮かんできても不思議はない。

・仲良くなったからこそ、気を使ったりするようになってはいないだろうか。それによる疲労。




相手が好き・好かれたいのに「嫌い」と感じるとの説はある。

キャラを演じて仲良くなるタイプで、相手に気に入られたいからキャラを演じる。しばらく経って演技に疲れてくると、自分に「そうさせる」相手を憎むようになる、という話。まぁ相手からしてみりゃ理不尽にもほどがあるが。



・また、「嫌われたくない」という感情は拒否回避欲求と言える。正反対に思えるが、これも承認欲求の一つ。

この感情は強すぎると、対人不安を強めたり、消極的になったりなどがあり得る。

承認欲求は性格のような部分もあるが、今回の話のように状況で変わる部分がある。

仲良くなると付き合いがめんどくさくなってくる

・仲がいいってのは遠慮もそれほどないからね。自分の時間・空間が聖域なタイプにとっては、過剰にベタベタするのは相手が誰であっても歓迎しない。

いくらなんでも日常においての風呂やトイレまで一緒に居たがったらキモいだろう。このキモラインは人に依って違う。ただそれだけの話しだ。

これは「自分が居心地の良さを感じる距離はこう」なのだ、と捉えたほうが良いと考えられる。
相手にいくらか理解してもらいたいところ。

・また、相手との関係が大事であるほど緊張し、日常的なやり取りがプレッシャーになるタイプもいる。

上記のような自分好みの距離感も我慢し、先程の理想形の人形遊びタイプに我慢して付き合っているなど。
大体は関係が壊れることを恐れているが、関係を維持することにもストレスがある状態。

残念ながら、人は自分でブレーキ掛けられないことが多い。片方が全て我慢しても、もう片方は「それが普通」だと捉えるか、エスカレートするかということも珍しくはない。

こちらもいくらか相手に理解してもらいたいところだ。言わなきゃ伝わらないことがあるのも事実ではある。言い方は気にするべきだが。

・例外として「結果的に仲良くなった」「仲良くなろうと思ってたわけじゃない」タイプがある。

愛想が良かったり、人当たりがよかったり。それらがうまく行き過ぎて、仲良くなりすぎた。

要するに「なんか知らんが懐かれた」ケース。細かく見れば、大抵はどちらかが先に気にいるわけだから大体当てはまってしまうのだが。

元からそんなに親密になるつもりはなかった、という場合には相手の片思いに終わるし、相手が自分と同じぐらいの友情を感じることをあなたに求めているのなら、その温度差は面倒くささになるだろう。

ただ単に仲良くなるのが早すぎて、戸惑ってるだけってこともあるが。

人間関係リセット症候群

・人間関係リセット症候群は言葉通りだが、「リセット」というからには、「リスタート」する気はあるわけだ。じゃなきゃリセットの必要すらないし。

・「人よりもちょっと距離感がほしい気質」なのだとしたら、そこは自覚したほうがいいだろう。

他人の理想に付き合ってたらガタが来るし、自分から「世間のテンプレの人間関係」を構築することは自分にとってストレスかもしれないのだし。
まぁ距離感の好みも変わるかもしれないし、それを覆すような特別な相手ができるかもしれないが。

・また、気質ではない可能性もある。

疲れていたりストレスが溜まっている時に、人付き合いが鬱陶しくなるタイプと、逆に人恋しくなるタイプがある。今回の場合、前者と言うだけかもしれない。

人はどうもメンタルとフィジカルを区分けしてしまうが、大体は思いっきり影響を受ける。睡眠不足ってだけで感情の閾値は下がるし、日頃飲んでる薬のせいかもしれないし。

仲良くなると嫌いになる/親しくなると嫌いになる

・めんどくさいじゃなくて嫌いってなると、話は結構変わってくる。

・仲良くなれば、当然その相手の知識は増える。
何が好きで何が嫌いだとか、こんな癖があるだとか。こういうことがあったらこいつはだいたいこういうリアクションをするだろうと予測がつくとか。

この中で嫌うような点があるなら、それは「仲良くなった(=相手を知った)ことで嫌いになった」とは言える。

・仲がいいのに相手は自分を大事にしてくれないから嫌いになってきた、だと少々よろしくないかもしれない。

端的に言えば「期待が大きい」。相手がそれに応えないから嫌いになる。
ベタな話だが、補足がある。

「期待が大きい」って言われても、当の本人は大抵わからない。
期待は、勝手に膨らむものだ。

これは思考や意志によるものではない。どちらかと言えば「予測」に近い。だから「期待している」とは自覚がないことがある。大体は後から過度な期待をしていたと気づく。まぁ、そのままずっと気づかないこともある。

期待している自覚はなく、相手は期待通りではない時、認識できるのは「不満」だけだ。理由もわからず相手に対して「違う」と感じる。あるいは失望を。

不満が、当人が知覚した最初の感情だった場合、「仲良くなったら嫌いになった」と当人は思うだろう。

相手が自分を最優先にしてくれることを、いつの間にか期待してはいないか。

いつの間にか、親に甘えるわがままな子供のような気持ちになってはいないか。

そうじゃないんだったらまぁ、もうわからん。

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