・うつ病状態の説明としてモノアミン仮説がある。
セロトニン、ドーパミンなどの脳内物質の不足、機能低下などで発生するのだと。世間的に「うつ病とはセロトニンがどうこう」という話は割と珍しくないだろう。
ただこれとは別に、もう一つ有力な仮説がある。
神経可塑性仮説と呼ばれる。
可塑性とは
・かそせい。毎回説明すんのめんどいんだけどね。珍しい言葉だから仕方ないね。
「粘土のように形が変わること」。もっと簡単に言えば「変形すること」。
対義語として「弾性」が挙げられることが多い。プラスチックの分野だと「硬化性」が対義語らしい。
どの道、対義語は「形が変わらないor元に戻る」ニュアンスを持つ。逆に可塑性は「形が変わるor元に戻らない」。
・「脳の可塑性」とは脳の形が変わること。これ自体は割とある。
例えばピアノの練習をしていたら、指の動きを司る脳の部分が大きくなる。翌日には戻るが、2週間ほどこれを繰り返すと戻らなくなる。「身についた」状態。
・うつ病における脳の可塑性とは、「うつ状態を発生させる形に、脳が形を変えてしまった」と言い換えることができる。
実際、ストレスで分泌される際のコルチゾールは、大量すぎて脳を萎縮させる。
モノアミン仮説の弱点
・これまでのモノアミン仮説、要はセロトニンやノルアドレナリンなどの脳内物質がうつ状態を作っているのでは、という説には弱点があった。
脳内物質の状態を改善する抗うつ剤の投与でうつ状態は確かに寛解はすることがあるが、それには最低で2週間(4~8週間とする所も)程かかることだ。
脳内物質自体が原因ならば、投薬後に即効性がなければおかしい(数時間後には脳内物質は増加する)。だが現実にはかなり時間がかかる。
・神経可塑性説はこの点の説明になる。薬により脳内物質の濃度が変化し、それにより脳が再び「形を変え」、以前の状態に戻るために2週間かかる、ということで。
この「2週間」というのも面白く、私が以前脳の可塑性について調べた時によくでてきた期間だ。大体2週間で一時的な可塑性が固定化する話が多かった。
・ちなみにセロトニンの不足が原因でうつ病になるから、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)がうつ病に効くのだ、というのは売ってる奴らの売り文句なだけで、別に精査された根拠ある理論というわけではないらしい。
どうせあいつらだろ。SSRIだし。あいつらなー。本当になー。
うつ病に於いての神経可塑性仮説
・ええと。根本的な話から一応しておこうか。
脳神経は増える。死んだ脳細胞は溶ける。
いや昔はそういうのないって話も結構あったんよ。人によってはここから認識を改める必要がある。
新しいシナプスが出来るし、成長もする。老人に少なかったのは血管の量や神経細胞同士のつながりだそうだ。
・
神経可塑性仮説では,ストレスへの曝露がコルチゾール分泌促進を介して脳由来神経栄養因子(BDNF)をはじめとする神経由来因子の産生を低下させ,特に海馬(CA1,CA3,顆粒細胞層)や前頭皮質などでの神経新生を減少させると考える。
実際,MRIで撮像したうつ病患者の海馬体積は性別・年齢を一致させた健常者と比較して有意に低下していたというメタ解析結果が報告されている9)。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/22/2/22_83/_pdf
BDNFは、脳細胞の生存、増加や成長に必要なタンパク質。有酸素運動を習慣的にすると良く出る。
そう言えばうつ病の治療で散歩しろって話も昔からあるな。昔読んだ記事では投薬治療と同じぐらい寛解し、うつ病の再発率は投薬より低かったらしい。
うつ病ではBDNFの量が低下している。これは脳細胞が生存、増加、成長するには厳しい環境であることを示す。結果として機能低下や萎縮はあり得るだろう。
というかコルチゾールが脳を萎縮させる手順が、BDNFを減らすからって書いてあるな。
当然ながら、神経やシナプス新生も低下する。
この場合、脳の「維持」ができないほどにBDNFが減少し、異常が起きていると言える。この点を解決すれば脳が「元に戻ろうとする」のも不思議じゃなくなる。
・動物実験によれば、抗うつ薬の投与により海馬の歯状回という場所の新生が促進された。これは抗うつ薬の効果として必要な現象だと示唆されている。
この場所は認知機能や情動の調整に重要な役割を果たすとされる。
また、ある種のストレスが歯状回の新生を抑制することがわかっている。
http://www2.nms.ac.jp/jmanms/pdf/010010006.pdf(現在アクセス不可)
ただ、増えりゃいいってものでもなく、「まともな量に戻る」事が大事なのかもしれない、とのこと。
メモ
・かすり傷がたいしたことないのは、ほっといても治るからだ。
BDNFの低下で「かすり傷」すら治らないなら。
更に日常的なストレスで、「かすり傷」を負い続けるのなら。
つまりは、蓄積。
・うつ病の脳は、どういう状態なのか。実はまだはっきりと分かっておらず、いくつか仮説があるだけだったりする。
そのうちの一つ、ノルアドレナリン仮説。
モノアミン仮説
元々はモノアミン仮説と呼ばれる、別の説が有力であった。今でもそうだと言われている。
「モノアミン」とは総称。ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリン、セロトニン、ヒスタミンなどの神経伝達物質たち。
「モノアミン仮説」とは、これら脳内物質がうつ病に関わっているのではないか、という説。
その中でもノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンが特に関わっているのではないか、との説が更にある。
よく聞く例を挙げれば、うつ病はセロトニンが不足しているから日光を浴びろ、運動をしろ、という説。これはモノアミン仮説の内のセロトニン仮説に由来した意見だと言える。
ノルアドレナリン仮説
・1956年、スイスで「イミプラミン」なる物質が抗うつ作用を持つことが発見され、後に抗うつ薬として発売されるようになった。
ただ、この段階では「なぜ抗うつ作用があるのか」はわからなかった。
・後にイミプラミンはノルアドレナリンの再取り込みを強力に阻害する作用を持つことがわかった。
このことからノルアドレナリンとうつ病に関係があるのでは、とされた仮説がノルアドレナリン仮説。
ノルアドレナリン
・ノルアドレナリンはストレスホルモンの一つであり、身体を「闘争か逃走か」の状態、要は緊急事態のような状態にさせる。
交感神経を活発にさせる。敗血症に依るショック、大量出血に依るショック、アナフィラキシー性のショックなどに対して使用されたりもする。
それっぽいと言えばそれっぽい。
再取り込み
・再取り込みとはそのままの意味で、受容体に受け取られず、余った神経伝達物質を回収すること。リサイクリング。
・再取り込みを阻害すれば、血中のノルアドレナリンの濃度が上がる。濃度が上がればβアドレナリンの受容体が刺激され、海馬の細胞が生まれる数が増えることが、動物実験で明らかにされている。
ちなみに一部のうつ病患者の海馬は萎縮が見られる。また、緊張状態が続くことでそれにふさわしく脳が作り変わってしまったのがうつ病だ、とする説もある。具体的にはネガティブな部分への過剰なネットワークの増設(このため自分を責めるような思考が増える)や、不安をコントロールする部分のネットワークの接続低下など。
どの道海馬の細胞が増えることは、それらの改善に繋がることになる。
・SNRIと呼ばれる薬がセロトニンとノルアドレナリンの阻害薬として存在する。
このため、前述の通りノルアドレナリンを増やして「別の役割」を果たしてもらうことが重要なのだろう。
・実際の所は、ノルアドレナリンの濃度はうつ病患者と健常者で違いがあるという報告も、無いという報告もあるようではっきりしていない。複数のパターンが有るようで、セロトニンを気にしていれば改善するタイプもいれば、効果がないタイプもいたりする。
ただ「濃度」はともかくとしてうつ病の脳は、ノルアドレナリンのトランスポーター(輸送体)の密度が高いのは事実のようだ。密度が高ければ高いほど物事の判断をする時の注意・覚醒状態が高まる。簡単に言えば緊張状態。
またこれは、血中のノルアドレナリン濃度が下がりやすいことも意味するだろう。回収してしまうわけだし。そうなると前述の通り、海馬で新しく生まれる細胞の数も減ってしまう。
・ADHDの薬である「ストラテラ」も選択的ノルアドレナリン再取込阻害薬となっている。「選択的」なのは、他にあまり影響を与えないことからそう言われているだけ。
ストラテラの副作用の中に「敵意の出現あるいは悪化、攻撃的、怒りっぽくなる」というのがある。
こちらのほうがノルアドレナリンらしさがあるな。露骨に「闘争/逃走」状態だろうこれは。
素でこんなんなのもいるが、何か関係あるのかね。
モノアミン仮説では説明できない現象
・抗うつ薬の投与で脳内物質の状態は数時間で改善する。
しかし、うつ病の症状の改善は4~8週間ほどかかる。
神経伝達物質がうつ病の直接の原因の場合、その改善とともに症状が改善されなければおかしい。
この点が「モノアミン仮説の矛盾」とされている。
このため、うつ病患者の脳の状態は、より深刻な症状なのではないかと考えられている。恐らくそれは、前述の「脳の構造が変わってしまうこと」であり、4~8週間という期間は脳が再び作り変わるためにかかる期間ではないかと思うが。
何れにせようつ病は「気分だけの問題ではない」から「気分を改善するだけではすぐに治るわけではない」のは確かなようだ。「励まし」が逆効果、というのもこの辺りかもしれない。