性格/人格

本当に完璧主義か

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・自己志向型でも、社会規定型でも、他者志向型でもない、完璧主義的直感についての考察。

 

酷くないけど気になる程度の完璧主義

 

・そもそも、発達障害とかと違って診断で完璧主義と確定した、ってのがないように思える。病名として「」と言われる、ってのがそもそも考えにくい。

 

後はアスペルガー障害が完璧主義の傾向があるとされている。この場合は失敗恐怖が強いのが大きな理由らしい。どちらにせよ主な悩みとしてはアスペルガー障害の諸症状になるし、完璧主義だけが問題というわけではない。

 

症状の一つ、として存在しているわけで、この症状とは即ち実行にまつわる志向/思考とその行動になる。

 

 

・つまり「」だと悩んでいる人の大体は、自分の中の「こうしなければいけない」という思いがうざい、その影響下の行動面で問題を感じている、そのような感じだろう。

 

では、そうさせる心的モジュールが人にはあるのではないか。

 

例えば問題集を手にとった瞬間、それをすべてやることを連想する。どのぐらいの期間で終わるのか、ペース配分、詰まった時の苦労、色々頭に浮かんだとしよう。

 

これらは直感的に連想される。「めんどくさい」「大変そうだ」というのは「直感的」な感覚だ。この時点で「できないから手を付けない」というタイプの完璧主義もいる。

 

まず初めに「苦労の総量」が分かる(大体ハズレてるが、当人には確定的なものと認識される)。

手を付けた後で「思ったよりめんどくさかった」という場合、人は比較的前に進む傾向のほうが高い。いい方向でコンコルド効果が出ていると言うか、今までがもったいない的な心理で。

 

 

・行動予測時に働く「シミュレートモジュール」が人にはおそらくある。

 

このモジュールのゴール設定が「盛りすぎ」であり、なおかつそれが強制力を持つなら、完璧主義になるだろう。

 

 

思考パターン

 

・完璧主義が完璧に至るまでをざっと考えてみると、
刺激:トリガーたる問題・あるいはタスク(スケジュールが決定する、何かをやろうとする、意識する)

 

計画:ここで「完璧な青写真」が出来上がるか、もっと抽象的な「素晴らしい出来栄え(イメージはあまり固まっていない)で無くてはならない」的な強迫観念が湧く。

 

この時点で青写真タイプと失敗恐怖タイプがあるな。
前者の場合(つまり高目標)は、少なくとも心身への悪影響に直接はつながらないらしい。

後者の場合は自分でもこれでいいのかよくわからんので頑張り続けたりする。人にOKを出してもらえば落ち着くことも多いかな?

 

実行:それぞれの「完璧」を実現するための行動。
自他が完璧主義を認知するのはだいたいここになる。
異様なこだわり、高い目標など。

大体の場合、周囲との協調性がなくなることが問題になりやすいか。

 

逆にソロプレイなら問題ではないこともある。遅筆な小説家が遅筆な分には文句言われる筋合いないと思うし。青写真タイプは基本的に芸術家な感じ。

 

失敗恐怖タイプ(社会規定型完璧主義に近い)は、1人だろうがなんだろうが何をするにも緊張するかもしれない。

 

 

・何を見ても「完璧」が思い浮かんでしまうなら問題だろうか。それはどうしたら良いか分かるという意味でもあるし、生物的には歓迎される状態に思える。

 

計画が完璧すぎる/抽象的すぎるというのは、後者しか問題がないように思える。前述の通り高目標設定は心身に悪影響は与えないという説がある。
抽象的な目標の場合、「焦り」が出やすい。これは結構よろしくない。

 

実行フェイズ。大体ここだな。正直何を思い浮かんだところで修正できるなら構わないというのが個人的意見だ。

「理想」が実行せざるを得ないほどの強制力がある場合、他者にも観測できる形で「」が出現する。

また、理想が現実的ではない場合、それでもやろうとし、挫折するなどが精神衛生上非常によろしくないとされる。

完璧主義の内、ネガティブな傾向がある人の場合、「完璧に出来ると思っていないが、それでも完璧にやらなければならない」という心理状態が多いらしい。

 

 

「結論」としては扱わないこと

・完璧主義という言葉は、少なくとも本人の志向性がなければ不相応にも思う。「主義」だし。

 

だが実際には多くが、自身の完璧主義的思考に煩わされている。

 

 

・心のモジュールを提唱したフォーダーによれば、モジュールには色々と特徴がある。

 

その中の一つが「モジュールが計算する心的表象に対して、中央実行系(当人の意志だと思えばいい)は限定的なアクセスしかできない」というものだ。

簡単に言えばモジュールはほぼ独立して計算し、結果を出す。

 

他にも別の研究で、意思より先に身体を動かせという指示が脳から出ていることも示唆されている。

 

要するに私達は思考も行動も問わず「自分を動かしている」つもりであるが、そういった「意思 = 自分」が何か思う前には方針が決まっているという話。0.2秒ならそれに対してストップを掛けれる、って話もあるな。

 

恐らくは完璧にしようと思ってしまうこと自体は「意思」では止められないだろう。それより早く計算結果は出ている。モジュールが思い描くゴールを実際の求める/求められている姿に寄せて修正するほうが現実的だと思われる。

 

 

・また、洗練された思考パターンは素早い。この上で人には処理流暢性がある。「流暢」であることを好み、また過大評価/好意的評価する傾向。

恐らくこれが「強制力」の原因の一つだろう。

 

真っ先に「完璧」が思い浮かぶなら、それは優先度は高くなる。
ただ、優先度が高い理由は「真っ先に思いついたから」だけかもしれない。

 

どの道、思考パターンのクセだったとして、それを「結論」としてしまうのは良くないだろう。これはむしろ「衝動性」に近い。

 

 

メモ

 

・そもそも「完璧」が動機なのだろうか。結果として完璧主義になっているだけではないだろうか。

 

例えば「他人の目」が気になるから完璧にしよう、だとか。







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